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ラッキーパパ

Author:ラッキーパパ
向日葵のように明るかった妻が突然倒れました。5人の子どもたち(T:18、Y:16、K:13、ラッキー:犬1…全員♂・年齢は当時 2016年より猫1が参加)と共になんとか生きています。詳しくは「はじめに」で。

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夫婦で仲良く?入院 【2010-05-21(金) 16:57】
来週、胆嚢摘出手術の予定だったけれど、結局、昨日未明からまた激痛の発作が起きて、そのまま入院となった。
取りあえず胆嚢に管を通して胆汁の逃げ道を作る手術をした。
いまは、あの凄まじい苦痛はなくなったけれど、体を動かせないのがつらい。
今月中には退院できそうです。

家のことは、熱海からT夫妻が来て゛合宿゛してくれている。
子どもたちにとっては、むしろ楽しい日々に違いない。

それにしても、妻に看病して欲しかったなあ…と、つくづく思う。

妻が3ヶ月、入院していた病院。その間、ほぼ毎日通ったその病院に今度は自分が入院している。
なんだか不思議な感じ。

病室からケータイで更新しました。


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夫婦で入院 | 【2010-05-21(金) 16:57】 | Comments:(5)
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病室から世界へ? 【2010-05-23(日) 21:36】
長男が、WiMaxというシステムを導入してくれたおかげで、今日から病室からでもブロードバンド接続ができるようになった。

ケータイメールでトロトロやっていたのが、病室にノートPCを持ち込んで、仕事さえ普通にできてしまう。すごい時代だ。どっかのキャッチコピー風に言うと、「病室から世界につながった」という感じ。

今は痛みもなく、熱もない。
腕からは点滴の管、横腹からは胆汁を排出する管がつながっていて、とても軽快な動きはできないけれど、あの激痛の恐怖が消えただけでも、ずいぶん助かる。

胆汁排出のための胆嚢ドレナージ手術の後、少し肝機能が低下したため、食事はすべて点滴からとなり、未明の激痛で運ばれてからもう丸4日、何も食べていない。飲み物も水かお茶だけ。手術まではガマンガマン。

妻のことを思えば、こうして本を読んだり、ブログを書いたり、人と話したりできることは、どれだけありがたいことかと思える。

今日は、熱海のT夫妻と交代するように、蓮田のTさんが子どもたちと”合宿”だ。
いつもは、ご夫妻そろって来られるのだけど、ご夫人のほうが風邪で寝込んでいるとのこと。
だったら、むしろそちらのほうを看病して欲しいのに、「もう着替えを何枚か持ってきてるから」と言って、子どもたちの相手をしてくれている。

思えば、妻が倒れてからたくさんの人に助けていただいた。

田舎の母が、「都会のほうはあまりお付き合いがないと思っていたけど、田舎でもこんな付き合いは聞いたことがない」と驚いていた。

全部、妻が築いてきた人間関係。

頼りにして、大切にして、大好きだった人たち。

     *

しばらくは、こんな感じで、妻のことより、私自身の闘病記のような感じのブログになってしまうかも・・・です。

夫婦で入院 | 【2010-05-23(日) 21:36】 | Comments:(4)
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同じ手術室で 【2010-05-25(火) 12:26】
ここは西病棟3Fの病室。入院してから6日目になる。

いよいよ明日は、同じ階にある手術室で胆嚢摘出手術を行う。

思えば130日前の1月16日、妻が生死をかけた緊急開頭手術をしたのも同じ所だった。

     *

あの時――。

手術は未明4時ごろから始まった。

熱海から駆けつけてくれたT夫人と共に、私は3Fロビーで手術が終わるのを待っていた。

空が白々し始める頃になっても、妻の闘いは終わらない。

8時過ぎ。病院の受付開始の時刻が近づくと、窓の下が急ににぎやかに。

路線バスが到着。外来患者。面会の人。

バスは5分おきぐらいに到着する。そのたびに、松葉杖の人、車椅子の人、心配そうに幼子を抱えたお母さん・・・。

3Fとはいえ、他に高い建物がないのと、少し高台にあるせいで、かなり遠くのほうまで見渡せる。

赤い屋根や青い屋根が朝日を反射して、まぶしい。

よく晴れた朝だった。

カラスたちがのんびりと電線で羽を休めている。

きっと昨日と何も変わらない風景。

たいくつなくらい繰り返される日常。

だけど、私の妻は、なぜか死ぬか生きるかの瀬戸際にある。

前日まで普通に暮らしていたのに。

もしかしたら手術室でもう死んでいるのかもしれない――そんな思いさえ胸をよぎる。

――手術は、9時過ぎになってようやく終わった。

「なんとか命は取り留めた」というドクターの言葉に、涙した。

     *

あれからもう4ヵ月とちょっと。

あの時と同じ手術室で、今度は私が手術する。

妻の手術に比べれば、かすり傷にも及ばない軽いものだけど、それでも全身麻酔をしての処置だから、今日はこれから「最悪のケース」を想定した説明を、長男と一緒に受けることになるだろう。

病院のメインロビーは今日も外来患者さんたちでごったがえしている。

心配顔や、笑顔や、高齢者や子どもたちや。

それぞれに、それぞれの人生があり、苦しみがあり、喜びがある。

夫婦で入院 | 【2010-05-25(火) 12:26】 | Comments:(5)
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最高のHappy Birthday 【2010-05-28(金) 20:56】
今日は妻の53回目の誕生日。
子どもたちの誕生日は、それなりにお祝いをしても、親のときは、ちょこっとケーキを食べるぐらいで、”いまさら”という感じだった。
まして私のほうは、2男と2日違いなので、いつも「合同」という名目でスルーしていたし。

今回は、とりあえず「生きて迎えることができた」というだけでも、とても感慨深い1日になるはずだった。
ところが、私までもが入院中という状況ではどうしようもない・・・と思っていたら、熱海のT夫妻と子どもたち、そしてラッキーまでが妻の所に行き、病院の庭で誕生会を開いてくれた。

そのときのビデオをいま私は病室のベッド上で見ている。
妻を車椅子に乗せ、庭に連れ出し、小さなケーキにロウソクをたて、火を灯し、みんなでHappy Birthdayを歌ってくれた。
4ヵ月半ぶりにラッキーに会うこともできた。

   良かったね。
   幸せだね、私たち。

涙があふれた。
切ったばかりのお腹がまた苦しくなるほど、嬉しかった。

本人の意識がはっきりせず、夫もいないという状況だけど、最高の誕生日だったと思う。

私が退院したら、写真などをUPします。

     *

さて、私のほうの胆嚢摘出手術は、おかげさまで無事に終わりました。
全身麻酔のなか、私はただ寝ていただけなので、文字通り、あっという間のできごとだった。

手術前は、看護師さんたちが、緊張や恐怖をやわらげるように、いろいろ気を使ってくれたけれど、妻の大手術を経験した後のなので、ほとんど何の気負いもなく、拍子抜けするほど気楽に手術台に乗った。

「はい、眠くなりますよ・・・」の声を最後に気を失った。
目が覚めたらベッドに横たわる私を覗き込む長男とTAさんの笑顔が見えた。
ああ、終わったんだ・・・と思った。
直径2cmぐらいの大きな胆石が2個。その他にも小さな石が何個か出てきた。

これからまた何か新しいことが始められるような気持ちになれた。

夫婦で入院 | 【2010-05-28(金) 20:56】 | Comments:(4)
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退院前日の夜に 【2010-05-30(日) 20:48】
私のほうは術後の経過も順調で、予定通り明日、退院することになった。
まだ走ったり、重いものを持ち上げたりはできないけれど、日常生活は普通にできるレベルだと思う。
食事も、ほぼ普通食になっている。

50年間の生涯で初めての入院。
12日間の間に、簡単なものも入れれば、3回の手術をしたことになる。

本当なら、胆嚢摘出術のみの5日間ぐらいの入院で済むはずだったけれど、精密検査したその夜に、また「氷の塊」の発作が出て、どうにも耐え切れず、夜中の2時、長男に車で病院に運んでもらい、緊急入院となったのだった。

4ヵ月ちょっと前、妻が運び込まれた救急病棟に、今度は私が脂汗を流しながら横たわっていた。

最初の手術は初日に行った胆嚢ドレナージ術。
これは、右横腹から肝臓を通過して胆嚢に管を通し、胆汁を排出できるようにするためのもの。
胆石で胆汁が塞き止められたことによる痛み(胆嚢炎)はなくなったけれど、管が肝臓を貫通して刺さっているわけだから、動くたびに痛かった。
また、手術後は、39度を越す熱が出て体が震えた。

肝臓で作られた胆汁がすべてそのまま対外に排出されてしまうため、脂肪分を消化することができなくなる。
それ以降、まる1週間、何も口にすることはなく、ずっと点滴による栄養摂取だった。
体重が7kg減った。

2回目の手術は、ノドから内視鏡を飲み込んでの、膵胆管拡張のための切除術(セイカクな名前は不明)。

胆嚢ドレナージ術の後、肝機能が悪化し、黄疸も少し出たことから、胆管に詰まっていた石が胆嚢ではなく膵臓に近い膵胆管のほうに転がり落ちた可能性があり、もしそうだとしたら、そのまま胆嚢を摘出してしまった場合すぐに死に至ることもあるというように脅されて行った手術。

ノドからの内視鏡は、胃カメラで苦しんだので恐怖だったけれど、麻酔を深くかけて欲しいとお願いしたおかげで、半分眠っているうちに終わった。
夢のなかで、お腹の中の何かが切られる感覚だけがあって、「イタッ!」と叫んだ記憶が残っている。

3回目は、本番の腹腔鏡胆嚢摘出術。
10数年前までは、開腹手術だったらしい。
医療技術の進歩のおかげで、術後の痛みも少なく、入院期間も短く済ますことができた。

病院で暮らした12日間。
同室の人の多くは、奥さんが付き添って、いろいろ世話をしてくれる。
カーテンで仕切られているだけだから、会話は筒抜けだ。

みんな、とっても仲が良い。
普段からこうなんだろうか。
いや、もしかしたら病気がそうさせているのかもしれない。
お互いに支え合うしかない状況だから、素直に手を差し伸べ、素直に労わりや慰めや感謝の言葉が出てくるのかもしれない。

退院の日は、みんな晴れやかな顔で、家族と共に病院を後にしていく。
私は、家に帰っても妻がいないという現実があまりに寂しく、退院もそれほど喜びとは感じられないでいる。

それでも、子どもたちやラッキーがいる。
父も母も不在のなか、がんばってくれた。
希望をもって、懐かしいわが家に帰ろう。

そして早く、妻に会いたい。
仕事も、はじめたい。

夫婦で入院 | 【2010-05-30(日) 20:48】 | Comments:(2)
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久しぶりの我が家 【2010-05-31(月) 22:56】
今日の昼前、無事に退院して、久ぶりに我が家に帰ってきました。

20日未明、激痛のなか家を出てから12日ぶりです。

この期間、じつにいろんなことがありました。

いろんなことを感じました。

いくつかの不思議な一致を経験しました。

子どもたち3人+1ワンとの夕食。

これまでと同じようであり、なんだかみんな少しだけ成長したような感じもあり・・・

長男の料理の腕前はずいぶんレベルアップしているようだ。

明らかに大きく変わったのは、家の中の配置。

寝る場所から、仕事部屋の位置まで、まるっきり構造改革が成されていた。

T夫妻と子どもたちの共同作戦による、大プロジェクトの結果だった。

何はともあれ、これから心機一転、新しいスタートを切るには、とてもふさわしい環境になった。

退院のとき、「妻がいない家に帰ってもなあ・・・」というようなむなしさがあったけれど、実際に家に来てみると、やっぱり落ち着く。

ふとんの中にもぐりこんだラッキーの暖かさが心に広がる。

夫婦で入院 | 【2010-05-31(月) 22:56】 | Comments:(3)
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