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ラッキーパパ

Author:ラッキーパパ
向日葵のように明るかった妻が突然倒れました。5人の子どもたち(T:18、Y:16、K:13、ラッキー:犬1…全員♂・年齢は当時 2016年より猫1が参加)と共になんとか生きています。詳しくは「はじめに」で。

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子どもたちの成長と感謝 【2010-01-22(金) 23:34】
今日は手術後1週間のMRI検査の日。

ドクターの話では、脳の腫れも引いておおむね順調だということです。
「あと1~2週間ぐらいで、目が開くんじゃないでしょうか」と言われました。
ただ、目は開いても、意識がすぐ戻るかどうかは分からないということ。

私としては、いつも最悪なことを言うドクターにしては、とても希望的なニュアンスが感じられました。
それと、昨日までは全く動かなかった顔が、今日の夕方に私が話しかけたら、少し口が動いて、何かを言おうとしているように見えました。

MRIの結果では、脳幹からの出血はないけれど、出血が脳幹近くの中脳まで来たために意識障害が起きているということらしいです。

あれからもう1週間。ものすごく長かったような気もするし、あっという間のような気もします。
この嵐のような期間、T夫妻やGさん、そして同じ埼玉のT先輩夫妻、春日部のKさん、川崎のKさん・・・たくさんのたくさんの人が、妻と私たち家族を励まし、支えてくれました。

「人はみな助け合って生きている」――3人の子どもたちには、素晴らしい心の教育が実践的にできた期間でした。

とくに長男は、大きく成長したように感じます。
「一流大学に行くよりも、弟たちから兄として尊敬されるほうが大切だ」と、どんなに良い成績をとってきても、兄弟げんかのたびにいつも私から説教されていました。
進学と同時に、家を離れる可能性もあり、そうなればもう二度と兄弟たちと一緒に暮らすことがないかもしれない。彼に残された時間は、あとわずか。
もう諦めかけていたところ、彼は「これは、最後のチャンスだと思う。これを乗り越えれば、短期間で、家族や兄弟が一つになれる」と、今回の事件を肯定的に受け止めようとしています。

それに歩調を合わせるかのように2男も「カミサマはボクを変えるために最終兵器を出してきた」と、ゲーム好きな彼らしい表現で、その気持ちを伝えてくれました。

3男は、まだ13歳。さすがに寂しそうだけど、私が家事に追われて仕事がおろそかにならないように、彼なりに一生懸命に家の手伝いをしてくれます。

なんてすごい子どもたちだろう。子どもたちに対して尊敬の気持ちをもったのは初めてです。

こんこんと眠る妻の耳元に、「あなたが生み育てた子どもたちは、ただものじゃないよ」と、伝えてきました。

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子どもたち | 【2010-01-22(金) 23:34】 | Comments:(0)
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子どもに救われた1日 【2010-01-26(火) 21:53】
妻が倒れて12日目。

家事は母が手伝ってくれているので、なんとかなっているけど、今のところ一番困っているのが妻が担当していた経理事務。

夫婦で運営している小さな会社だけど、各方面へのさまざまな支払いや源泉徴収票の申請など、細かな経理作業があります。
それに加えて、子どもたちの授業料から保険、光熱水費、通信費など、家のほうの支払いも月末に向けて押し寄せてきている・・・。

とにかく突然倒れたので、どれが終わっていて、どれが未決なのか、さっぱり分からず、今日は少しへこんでしまった。

夕方、ようやく時間ができたので、長男を連れて病院へ。
昨日は目が開きかけていたので、今日こそ大きな進展があるのでは・・・と、思わず期待してしまっていたけれど、ほとんど昨日と同じような状態だった。

期待が大き過ぎたのと、仕事で疲れ切っていたことも重なって、私は落ち込んでしまい、「ずっとこのままだったらどうしよう・・・」と吐いてしまった。

すると長男は「オレは何も心配してない。母さんは必ず帰ってくる。だって、その情景がはっきりと見えるんだから。リビングに家族が集まり、みんなで楽しく話しているんだよ」と言って、私の心をプラスの方向に向けようとしてくれた。

「これは、全部カミサマの計算どおりだと思っている。母さんが倒れたとき、父さんがそばにいたことからしてそう思うし、センター試験の前日なんて、タイミングがドラマチック過ぎるよ。だから、意識が戻るのも計算されているんだ。もしかしたら、それが大学の合格発表の時だったりしてね。この試練を乗り越えたら、オレたちすごい家族になれる気がする」

今日も、子どもに救われた1日でした。

子どもたち | 【2010-01-26(火) 21:53】 | Comments:(4)
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長男と二男の面会 【2010-02-08(月) 23:12】
妻が倒れてから25日、意識不明になって24日目。

今日は仕事が忙しく、夜9時過ぎにほんの20分ぐらい会えただけでした。

いつも一緒に、一番近くにいた人が、今は手の届かない、どこか遠い所に行ってしまったような寂しい錯覚。

実際は目の前で寝ているのに、手を伸ばせば触れるのに、もう少ししたらちゃんと目を覚まして話もできるようになるはずなのに、私と妻との間にある、このどうしようもない距離感はいったい何なんだろう・・・。

少し疲れ気味なせいか、今日はなんとなく感傷的になってしまいそうなので、昨日の夜、長男と二男と病院に行った時のことを書いてみよう。

いつもは受験勉強で帰りが遅い長男が、昨夜は珍しく早く帰ってきて、久しぶりに母さんに会いたいと言うので、二男も連れて、夜9時過ぎに面会に行きました。

すると急に瞬きをしたり、口をパクパクさせたり、首を動かしたりというような反応がいつも以上にありました。

長男は、「これはゼッタイ通じている。まだはっきりとは分からなくても、オレたちが来ていることは、母さん、ちゃんと感じてるよ。なんでか分からないけど、母さんを見るたびに希望しか感じられないんだよな。たまたま良い時に来ているのかもしれないけどね。」と、喜んでいました。

二男は、いつものように何も話さず、じっと母の顔を見ているだけなので、長男が、「お前なあ、なんか話してみろよ」と言うと、

二男「ココロが通じてるから」

長男「ココロもいいけど、今は脳を刺激するべきじゃないの。とにかく何でもいいから話しかけたら」

二男「・・・hello」

長男「はあ? なんでhelloなんだよ。しかも発音ワルイし」

二男「だって、何でもいいって言ったじゃん」

――妻が起きていたら、二人の会話があまりにいつも通りなので、爆笑するところです。

子どもたち | 【2010-02-08(月) 23:12】 | Comments:(8)
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3男の涙 【2010-02-09(火) 23:04】
妻が倒れてから26日、意識不明になって25日目。

昨日は行けなかった3男と一緒に、夜、病院に行きました。

3男はいま反抗期の真っ只中で、なにかと母子間でぶつかることが多くありました。
反抗しては甘えて、叱られて、また反抗して、甘えて・・・の繰り返し。

妻が倒れた日の朝は仲直りしてから学校に行ったのでまだ良かったけれど、それでも、「こんなことになるなら、もっと仲良くしておけば良かった。ほんとは大好きなのに・・・」と後悔しきりです。

いつもは上の2人と対等な立場に立とうとしてか、ちょっとナマイキ気味の3男だけど、さすがに、管につながれ意識のない母の姿を、なかなか直視することはできない感じでした。

強がってはいても、まだまだ母に甘えたい13歳。かわいそうに。

今日は、埼玉のT夫妻と、川崎のKさんが面会のあと、我が家にも寄ってくださいました。

「こんなに多くの方が、あなたの回復を祈ってくださっていたんだよ」と、早く妻に伝えて感動させてやりたい気持ちでいっぱいです。

子どもたち | 【2010-02-09(火) 23:04】 | Comments:(11)
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長男の受験票 【2010-02-11(木) 17:54】
妻が倒れてから28日、意識不明になって27日目。

今朝、長男の2次試験の受験票が届いたので、見せてきました。

この1年間、長男の大学受験は、妻にとって大きな課題であり、目標であり、希望でした。
夜遅くまで学校に残り勉強を続ける長男のために、毎朝、早く起きて、弁当を作り続けてきました。

その本番、センター試験の前日に、妻は倒れたのでした。
翌朝、生死をかけた手術の真っ只中に試験会場に向かった長男。
(その時の状況は1月19日の日記にも書きました)

1年間、塾にも行かず(行けず)に、ひたすらがんばって来た成果が試される時なのに・・・精神的動揺は大きかったと思います。
それでも、なんとか2日間のテストを乗り切り、自己採点ではかなり良い感じだったということを聞いていたので、それほど心配はしていなかったけれど、実際に受験票を手にして2次試験への挑戦権を獲得したということがはっきりしたので、一安心です。

100211.jpg


妻も、きっと喜んでいるはず。目をパチパチしていました。

治療費や家計費が増えることを考えてか、お金のかかる私立併願を止め、自ら第一志望1本に絞ることを決意した長男。

母は未だ深い眠りの中だけど、25日、26日の2次試験に向けて今、最後の追い込みに入っています。

子どもたち | 【2010-02-11(木) 17:54】 | Comments:(8)
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「人間ってすごいね」 【2010-02-16(火) 23:39】
妻が倒れてから33日、意識不明になって32日目。

長男はこのブログに寄せられたコメントをじっと見て、「人間ってすごいね」とつぶやいた。
そして、「おれたち、幸せだね…」と。
「なんでこんな状況なのに幸せなんだろう」って。

この子は、たしかに妻の子だと思った。
こういうときに、同じように感じ、同じように発想する。

大学のセンター試験から2次試験までの大切な40日間、母親が意識不明で長期入院という状況にありながら、むしろより一層、家族の間に流れる愛情や絆を感じ、母の愛と守りを感じ、多くの人との連帯を感じ、そこに幸せのイメージを膨らませている。

「父さんは、強くなったね」

「そうかなあ…。父さんは母さんが支えてくれるから強くなれた。今も、ちゃんと支えられているから強いんだと思うよ。倒れた直後は、少し折れそうになったけどね」

「母さんは、ほんとに幸せだったよね。これからも、もっと幸せになると思うけど」

「奥さんを幸せにできなければ、どんなに出世しても、男としては失格だと思うね」

「その説教、もう、何度も聞いたよ」

子どもたちは、この期間、それぞれの立場からいろんなことを経験し、味わい、学び、成長しているんだと思う。

命懸けの闘いをしているんだから、しっかり元を取らないとねと、妻に話しました。

子どもたち | 【2010-02-16(火) 23:39】 | Comments:(2)
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3男の夢に現れた妻 【2010-02-17(水) 22:27】
妻が倒れてから34日、意識不明になって33日目。

今朝、3男が朝食の時間になってもなかなか起きて来ようとしないので、兄たちに聞いたら、「あいつ、母さんの夢を見たって言って、泣いてるみたいだった」ということ。

母親が入院してからもう1ヵ月以上になる。
さすがに寂しさが込み上げてきたんだね。でも、しばらくしたら、なんとか起きてくるだろうとほうっておいたら、登校ギリギリの時刻になっても、動くようすがない。

子ども部屋に見に行ったら、3男は枕を抱いて泣いていた。

「どうした?」

「母さんが…」

「母さんが、どうした?」

「母さんが、夢に出てきた。元気なままの母さんだったんだよ。普通の母さんだった」――泣きじゃくりながら、夢に見た母の姿を思い出そうとしている。「こんなことになるんなら、もっと手伝うんだった…」

かわいそうに。慰めてやらなければ――そう思ったけれど、私は全く逆の行動に出てしまった。

「今さらそんなことを言っても仕方ないだろ。だったら、今それをやれよ! 今、母さんが望んでいることを、しっかりやれよ!」
――かなり強い口調だったと思う。

私自身、いっぱいいっぱいの状態だったせいか、いろんな思いがあふれ出して、過剰に語気が荒くなってしまった。
「つらいのは、君だけじゃないだろ。兄さんたちだって、父さんだって、必死でがんばってるんだから」

「そんなことは分かってるよ。オレだって一生懸命明るくしようとしてるもん。学校でも普通にしてるし。でも、ふっと悲しくなってしまうんだよ…」

「学校はどうするんだ? 行かないの? 行かないんなら、自分で電話して、自分で責任とりなさい。分かった?」

「行くよ。だからもうちょっと待って」

――結局、1時間ぐらい遅れて、3男は学校に行った。

長男は、3男と私のことを心配して、今日は外出をせずに自宅で受験勉強をしてくれた。
3男が学校に行く前に、それなりにフォローしてくれたようだ。

  * * *

夕方、3男の帰宅を待って、一緒に病院に。
「今日はあいつも一緒に連れてったほうがいいと思う」という長男の提案だった。

まだ眠り続ける母を前に、はじめ3男の表情は硬く、何も話すことができなかった。

「ほら、ただ寝ているだけで、いつもの母さんと同じだ。手も暖かい。ちゃんと生きてる。家族がしっかりしてれば、必ず帰って来るから。それまで君はどうしているのか、母さんを待っている間、どうしているのか、話して聞かせたら安心すると思うよ。こちらが話すことは、きっと通じているんだから」

――それからしばらく、彼は母の耳元で何かを話し続けていた。

そのとき、また神奈川からKさんが面会に来てくれた。
ほんとに、どうしてこんなにいつも会えるんだろう。
もしかしたら、いつもいつも来てくださっているのかもしれない。
面会時間はほんの短い間なのに、往復3時間以上もかけて。
妻は、まだあまり反応できないのに。

病院からの帰り、車で駅までお送りする途中、母から頼まれた買い物があったのでディスカウントスーパーに立ち寄った。
そこで3男はシュークリームをカゴに入れようとするので、「ジバラだよ」と言うと、どうしようか悩んでいるようす。

いろいろ買い物を終えてレジに並ぶと、すでにKさんがシュークリームを精算しているところだった。ああ、また、よけいなお金を使わせてしまった。

だけど、そのおかげで3男はすっかり元気になった。
こんなふうにいつも我が家族は、たくさんのたくさんの人に助けられてきたのでした。

子どもたち | 【2010-02-17(水) 22:27】 | Comments:(10)
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ラッキーと散歩しながら話したこと 【2010-02-19(金) 20:50】
妻が倒れてから36日、意識不明になって35日目。

今日も妻は、ぐっすり眠ったまま。
苦しみや痛みを感じないのであれば、本人にとっては、それはそれできっと良いことなんだと思いたい。

朝、自宅で勉強と決めた長男と一緒に、テレビでオリンピック中継(カーリング・中国戦)を見た。
一生懸命に闘う姿には、素直に心が打たれる。

一投、一投、見るほうも力が入るけれど、ふと「こんなこと、何の意味があるの」という思いが出てきてしまう。
ここで勝ったからといって妻の状態がよくなるわけじゃないし、たとえ日本が金メダルを100個取ったって、それが我が家とどんな関係があるんだろうと。

「母さんがいないと、いろんなことに意味を感じなくなってしまう気がする。世界そのものが意味を失ってしまうというかさ・・・」とつぶやく私に、長男は、

「そんなこと言わないでよ。じゃあオレたちは何なの? 意味がないの?」と。

「ああそうだった、君たちがいる。だから、なんとかがんばれるんだよ」

「父さんと母さんはほんとに仲が良かったから、喪失感は大きいとは思うけど、でも、いなくなったわけじゃないでしょ」

「たしかにそうだったね。きっと帰って来るんだった・・・」

「だから、はじめっから、そう言ってんじゃん。勉強のジャマだからさあ、もう勝手に落ち込まないでよ。一応オレ受験生なんだけど」

「君は大丈夫だ。何も心配してない。ちゃんと合格できる能力をご先祖様から授かっている。そう思わない?」

「・・・・・おもう・・・」

夜、ラッキーと散歩しながら、ぶつぶつ独り言のように話したこと。
「生きていれば、なんとかなる。そのうちきっと良いことが起こる。愛があればなんとでもなる。明けない夜はないんだ。君だって、殺される直前で救われたんだからね、ラッキー」

1ヵ月ちょっと前までは、毎日、妻とラッキーと一緒に散歩したコースだ。
いつかまた一緒に散歩できる日が来ると信じています。

チーム青森は、ギリギリのところで負けてしまったけれど、明日、また新たな闘いがある。
がんばれ日本!

子どもたち | 【2010-02-19(金) 20:50】 | Comments:(5)
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長男の言葉に反応? 【2010-02-23(火) 19:33】
妻が倒れてから40日、意識不明になって39日目。

春のような陽気の1日でした。

今日の昼、長男がランチに作ってくれたフレンチトースト。
100223.jpg

「どう、おいしい?」と長男。

「母さんのよりおいしいかも・・・」

「そうでしょ、そうでしょ」

「そりゃ、そうだろ。チーズがのって、バターもたっぷりだからな。母さんなら、こんなに豪華にしないもんね」

「まあね。たまにはいいじゃん。でもさ、オレ最近、家で勉強することが多いから、母さんがいたら喜んだろうね」

「そうだろうね。夕食の時、君がいないと寂しがってたから」

「父さんも寂しかった?」

「父さんは、母さんがいれば、それでOKな人だから」

「ほら、そこでさ、父さんも寂しかったよって言ってほしいんだよね。いまオレが家にいて父さんが喜んでるの、ちゃんと分かってるんだから」

  * * *

夕食の時は、久し振りに子どもたち3人が揃った。
そこで、二男がいつものように、問題を提起。

二「人間ってさ、善と悪が両方入っているよね」

長「いきなり、なんだよ、それ」

三「たしかに、T兄(長男)には、入ってると思う、アク・・・」

長「オレはね、悪意じゃなくて、オマエのためにいろいろ注意してやってんだよ」

父「ところでさ、じゃあ善と悪って、ナニ? どうやって善と悪を決めるの?」

長「ほらほら来たぞ、いつものツッコミ・・・。Y(二男)が責任取れよ」

――このあと、なんだかんだとギロンが続いたけれど、とっても長くなるので、またの機会に。

3人の男の子と父親が、夕食を食べながら、不思議な話を賑やかに語り合うのを見て、おばあちゃんは驚いていたけど、これはいつもの我が家の日常。

一番明るかった妻がいなくても、その光は、まだ家中に残っているような気がしました。

  * * *

夕食の後、大学の2次試験まであと2日となった長男が、「今日のうちに母さんに会っておきたい」というので、夜、一緒に病院に行った。

長男は、ほぼ1週間ぶりの再会。

「母さん、あさっての試験、がんばるからね。みんな支えてくれてるから、だいじょうぶだよ。目が覚める頃には、もう大学生かもね」

手を握りながら長男が語りかけると、なぜか息がしゃくりあげるような感じになった。

「あれ、母さん、泣いているよ」

「なんか息がヘンだね。しゃっくりかなあ」

「違うって。泣いてるんだよ。だって、オレが話し始めたらこうなったんだから」

しゃっくりのような呼吸は、5秒ぐらいの間隔で、しばらく続いていた。
一応、看護師に聞いてみたけれど、とくに異常な状態ではないということでひと安心。

帰りのエレベーターの中、長男は言った。
「あれは、しゃっくりじゃないよ。ちょうど泣いているような間隔だった。ちゃんと通じてるんだよ。母さん、また前進したね。オレもがんばろ」

長男の決意を聞きながら、妻は、どんな気持ちだったろう。
たしかにもし意識があったのなら、悔しさや、嬉しさや、感動や、感謝やらで、きっと号泣していたに違いない。

今ごろ長男は、弟たちに母のようすをレポートしているはず。

子どもたち | 【2010-02-23(火) 19:33】 | Comments:(6)
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二男の優しさ 【2010-03-01(月) 23:21】
いつの間にか3月。
今日は、仕事のほうが忙しかったのと、私が歯医者さんに行ったりで、夜になってようやく病院に行くことができた。

病室に入った時は、目を閉じて寝ている感じだったけれど、体をさすり、手を握って、名前を呼び、話しかけたら、昨日と同じように目を開いてくれた。
さらに、ゆっくりと首を動かして、声のするほうに顔を向けようとしているようにも見えた。

今日1日の出来事や、子どもたちのことを話すと、目から涙がこぼれた。

昨日の朝、二男が、1時間もマッサージをしてくれたこと。
今朝も、学校に行く時間のギリギリまでやってくれたこと。
おばあちゃんが「もう止めていいよ」とストップをかけるくらい、ずっと私の疲れを癒してくれたこと。

――そんなことを、目と目を合わせて話した。

「あなたもいつもやってもらってだしょ。あの子のマッサージは、絶品だよね。フシギな力があるもんね。性格もフシギだけど・・・」と言ったら、何か言いたそうに妻の口が動いた。

二男と妻は、とても仲が良かった。
疲れたり、つらいことがあったりしても、彼と一緒にいるだけで、癒され、慰められ、心が軽く明るくなっていた。

二男の優しさは、家族みんなが認めるところ。いや、我が家を知っている人の多くがそう感じている。
おばあちゃんも、どうやら二男が好きらしい。
二男がラッキーを散歩させる時だけ一緒に行くし・・・。
二男の傍に座りたがるし・・・。
「あの子は、ほんとに優しいねえ」と、もう100回ぐらいは言った。

――そんなことを、今まで20年間ずっと語り合ってきたように、笑いながら話した。
そしたら、やっぱり口が動き、目を細めて、涙がこぼれる。

単なる偶然なのかもしれない。だけど、私にとっては、たしかな妻の反応に感じられた。
私の言葉は、必ず届いている――誰がなんと言おうと、そう思いたい。

家族5人、みんながお世話になってきた歯医者さんは、妻のことをとても心配して、「必ず歯を治しに来てくれるものと信じて待ってますから」と言ってくれた。

子どもたち | 【2010-03-01(月) 23:21】 | Comments:(5)
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妻が倒れて得たもの 【2010-03-04(木) 22:07】
夜、病院に行くとノロウイルスが流行しているということで、手洗いを徹底するようにという通達。
新型インフルエンザよりも、感染力が強く、病院では厳戒態勢をしいているらしい。

病室に入った時、妻は両目を閉じてスヤスヤと寝ていた。
だけど、話しかけるとはっきりと左目を開いて起きてくれた。

私にはあまり分からなかったけれど、一緒にいた母は、手の指に少し力が入った気がすると言っていた。

どんなにゆっくりでも、どんなに小さな一歩でも、前進していることが感じられるだけで、今は希望が持てるようになった。

     *

昨日の夕食のとき、二男と三男と話したこと――。

三)母さん、いまごろどうしてるかなあ・・・。

父)キミとケンカしてる夢を見てるんじゃない? ・・・あ、ゴメン、キミと仲良く話している夢かもね。

三)それ言わないでよ。また思い出すから・・・。(もう泣きそう・・・)

父)母さんが倒れたのはつらいことだけどさ、それで分かったことや得たものもあるよね。キミたちは、どう?

三)やっぱり、母さんの大切さが分かったことだと思う。ゴハンを作ってくれたり、洗濯してくれたり…当たり前だと思って感謝も何もなかったけど、本当は、すごくありがたいことだって、分かった。

父)13歳でそれがほんとに分かったのなら、すごいことだと思うよ。ついでに父さんにも感謝しておくれ。(笑)

三)それから、いろんな人が助けてくれたこと。本当は寂しくて悲しくて、いつも泣きそうになったけど、みんながいてくれたから、学校も休まずに行けたと思う。クラスの友達も意外と励ましてくれるんだよね。そういう優しさを感じて嬉しかった。

父)そうだね。父さんだって、みんなに助けてもらってなんとかやっていけてると思うよ。

二)でも、K(三男)はときどき泣いているよね。

三)Y兄だって、こないだ泣いてたじゃん。

父)それは仕方がない。父さんだって知らないうちに涙が出てくるんだから。ところで、Yが得たものは?

二)だいたいKと同じ。それと、1日1日の大切さが分かった。
母さんがこうなることを予想していたわけじゃないんだけど、いつかはみんな死ぬんだし、必ず別れが来るんだということは、なんでか分からないけど、漠然といつも考えていた。
それで、オレなりに母さんを大切にしてきたと思ってるから、今はそんなに落ち込まないでいられるような気がする。
今だって、なんだか幸せな気がするんだよね。母さん、まだ生きているんだし。
父さんは、どう? 落ち込んでる?

父)落ち込むというより、やっぱりどうしても寂しくなるときがある。父さんと母さんは、いつも一緒だったから。
でも、運が悪かったとは思ってないなあ。いろいろ考えても、かえって運が良かったんだと思う。
ただ、「あの時こうしておけばよかった」という後悔はいっぱいあるけどね。
でも、こんなことがあっても、キミたちがなんとか前向きにいてくれるのは、結構すごいことだとは思うよ。
母さんが目覚めたとき、「自分が倒れたせいで家の中が暗くなった」と知ったら、それこそ、かわいそうだしね。

三)母さん、ちゃんと目を覚ます可能性は高いよね?

二)もしかしたら、もう目が覚めてるんだけど、ただ反応できないだけかもしれないし。

父)父さんもそう思う。話しかけると、瞬きが増えたり、首を動かしたりしているから。

三)母さん、痛いとか、苦しいとかはないよね?

父)それはないと思う。

二)母さん、幸せだよね。

父)そう思いたいね。とりあえず、父さんは母さんと結婚できて幸せだった。

三)オレたちが生まれたしね。

子どもたち | 【2010-03-04(木) 22:07】 | Comments:(2)
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新しい世代への希望 【2010-03-05(金) 22:52】
いま病院内で「クロストリジウム・ディフィシル」という、ややこしい名前の細菌が出回っているらしい。
健康な人であれば、ちょっと下痢するぐらいでなんともないけれど、抵抗力が落ちている人がかかると、100人に2人ぐらいの割合で重症化する危険性があるということ。

昨日書いたノロウイルスよりも、実はこちらのほうが脅威になっていて、それでマスクや手洗いを徹底してほしいと、ドクターによる説明会があった。
病気を治す役割の病院なのに、病気の原因もいっぱいあるというのは、なんと皮肉なことだろう。

そうした騒ぎをよそに、妻は今日もスヤスヤと寝ていた。

夕方は、長男の彼女が病室に来てくれた。
妻とは去年の秋ごろに一度会っている。
そのときは初対面から話がはずみ、「あんな娘(こ)がお嫁に来てくれたらなあ…」と、妻はひそかに期待していたようすだった。
病院のベッドの上、妻はどんな気持ちで彼女を迎えたのだろう。

その後、自宅で一緒に夕食を食べた。
妻が元気だったら、きっといっぱい手料理を作って、もてなしたはず。
さすがにおばあちゃんは何を作ったらいいか悩んでいるようすだったので、子どもたちの要望を受けて、宅配ピザを取った。

食後、みんなで妻が元気だった頃の写真や動画を見た。
モニターの中の妻は、明るくて、可愛くて、元気だった・・・。
妻がどんなに素晴らしかったか、息子の彼女に恥ずかしげもなく自慢してしまった。

ああ、ついこの間のことなのに、妻の顔や、声や、しぐさが、なんだかもう思い出になってしまっている。

「また、こんな母さんが戻って来るといいんだけど・・・」と言うと、

「ゼッタイ戻って来るって」と長男。

これから自分の人生を築き上げていく子どもたち。

その若々しい生命力が、ほんの少しでも妻のほうにも流れてくれますように。

子どもたち | 【2010-03-05(金) 22:52】 | Comments:(0)
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転院先探しの旅 【2010-03-08(月) 23:59】
転院を視野に入れた今後のことについて、病院でソーシャルワーカーとミーティング。

回復期リハビリ病院は間に合わないので、療養型でできるだけリハビリに力を入れてくれるところを探しましょう、ということになった。

情報は提供してくれるけれど、最終的に決めるのは私。
どの病院に入るか、どんなドクターに診てもらえるかで、今後の妻の状態が大きく影響を受けるような気がするので、慎重に選ばなければならない。

コメント欄やメールを通していろんな人が情報を提供してくれた。
それと、ソーシャルワーカーがくれたデータをもとに、ネット上の情報をあれこれ調べながら、いくつかの病院をリストアップした。

大切な岐路に立つ今、かつて妻がかかっていた代替医療の治療師の先生とも、友人を通してコンタクトをとることができた。

フシギな治療法を駆使する先生だけれど、妻は、深く心酔していて、私も子どもたちも、実家の親までもお世話になったことのある、超能力者のような方。
病院選びや、家族ができる治療法も教えてくださるということになり、とてもとても心強い。

私は、妻のためならすべてをかけられる。
どんなことをしてでも、妻を取り戻したい。

今夜は、私が転院先探しで追い詰められているのを心配した長男が、一緒に寝るといって、私の布団で寝ている。
高校を卒業する息子と同じ布団で寝るのは、ちょっと勘弁してほしい感じだけど、でも寝顔がかわいい。

母のおっぱいを飲んでた頃や、なんでもかんでも質問ばかりして親を困らせた頃、天才少年と騒がれてテレビに出た頃――そんな小さな頃の顔が重なる。

この子によって、妻は母に、私は父に、なった。

二男は、今日も私の足をマッサージしてくれた。
「だいじょうぶだよ、なんとかなるよ、母さん、帰ってくるよ、父さんのことが大好きだったから」と言って。

三男は、私の布団に入る長男をうらやましがり、自分も一緒に寝ようとして、長男に追い出され、しぶしぶ子ども部屋に帰っていった。
それでも、大好きなY兄(二男)と一緒だから、そんなに寂しくはない。

妻と私が育てた子どもたち。たくさんの人と関わりながら、3人ともまっすぐに成長してくれた。

この子たちと、共に生きられることが嬉しくて仕方がない。
この子たちのところに、1日も早く母を取り戻したい。

どれ、長男を起こして、子ども部屋に追い返さないと・・・やれやれ

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子どもたち | 【2010-03-08(月) 23:59】 | Comments:(10)
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長男がもらってきた「合格通知書」 【2010-03-10(水) 22:05】
今日は長男の受験結果発表の日。

本当は、母と一緒に行くはずだった本郷キャンパス。
残念ながら、合格者の中に長男の番号はなかった。
合格者が胴上げされる中、長男は一人帰ってきた。

落ちたはずなのに、その手にはなぜか「合格通知書」があった。
それは、3日後にある後期試験への受験資格を得たということ。
ほんとうに「合格通知書」と書いてあるから驚きだ。

後期試験にチャレンジできるのは、センター試験上位者から500人のみ。
その中から合格できるのは100人。倍率5倍の前期以上の難関となる。

前期がダメだった場合に備えて、数日前から後期試験用の勉強をしているけれど、難しくて歯が立たないというようなことを言っていた。

それでも、与えられたチャンスに向けて、今日も勉強を続ける長男。

この1年、塾にも行かずに受験勉強に励み、母の突然の手術、長引く意識不明という状況のなか、前向きにがんばってきただけでも、父として誇りに思う。
弟たちの立派な見本になっている。心から拍手を送りたい。

      *

パソコン内にある昔のファイルを整理していたら、「T(長男)の良いところ」というワープロ原稿が目にとまった。
私の記憶からはすっかり消えていた内容だけど、ファイルを開いてみたら、当時のことが鮮やかによみがえってきた。


――Tが小学校5年か6年の頃のこと。

「パパ、ボクの良いところを書いて」と、紙を持ってきた。(子どもたちは当時「父さん」ではなく「パパ」と言っていた)

どうやら、自分の長所を親に書いてもらうという宿題らしい。

「それなら、ママのほうがたくさん知ってると思うけど・・・」

「ダメ、パパに書いてもらいたいの」

――子どもたちの中でも長男は成績が良かったせいか、いつもママに褒められることが多かった。(その後、反抗期に入って、母子関係は悪化するのだけれど)

それに比べて、私はあまり褒めることをしなかったらしい。
自分では結構、褒めて育ててきたつもりだけど、あとで本人に聞くと、「ほとんど褒めてもらった記憶がない」と言っていた。

そういえば、褒めていたのは小学校低学年のころまでで、少し大きくなってからは、どちらかというと大きな目標ばかり与えて、プッシュばかりしていたのかもしれない。

「子どもは褒めて育てれば、どんどん伸びる」という、当時流行っていた安直な育児論に対する反発もあったような気がする。
それで、宿題をキッカケに、父の褒め言葉が聞きたかったのだろうね。

「わかった。明日の朝まで、ちゃんと書いておくから」

――そういってパソコンで書いた原稿だった。

そのまま引用してみます。(名前のみイニシャルに)

      *

「Tの良い(好きな?)ところ」 ――パパからみて…

良いかどうかというと、「良い」ということに対する客観的な基準が人によっては違うかもしれないので、とりあえずパパから見て「好きなところ」を書きます。
それならいっぱいあるから…。

まず、「パパとママの子供として生まれてきてくれたこと」でしょう。
君のおかげで、パパは「お父さん」に、ママは「お母さん」になることができました。
生まれてきてくれたこと…それだけで、とっても感謝!。

いつも前向きに考え、積極的、主体的に思考・行動し、たとえ落ち込むようなことがあっても、めげずに希望を捨てず前進しようとする君は、とっても頼もしく感じられます。

知的好奇心、探究心、向上心、チャレンジ精神が旺盛なところはスゴイと思う。(いつまでもそれを失わないように…)

パパの子供のころと同じように口答えが多くちょっと理屈っぽいけど、心の中はママに似て、とっても明るく素直に育っています。(と思います。今のところはね…)

Tはいつも自分から元気にあいさつをすることができる。地味なことだけどそれはすごく大切なことです。

人の良いところを見つけ出し、その人を好きになれるという能力がTにはあります。
これは、人の悪いところを見抜く力よりも、ずっとずっと素晴らしい才能です。

「パパとママの子供に生まれて良かったと思っているところ」
「パパとママが世界一だと思っていること」
「弟たちが大好きなこと」
 ――こうしたことは、君自身はもちろん、家族みんなをとっても幸せにしてくれます。

      *

こんな時代もあったんだね。そんな長男ももう高校卒業。
大学生になるのか、浪人生になるのか、もうすぐ決まるけれど、どちらでも、未来は大きく広がっているように見える。

子どもたち | 【2010-03-10(水) 22:05】 | Comments:(8)
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空腹の3男と妻の涙 【2010-03-18(木) 23:15】
夕方、2男+3男と病院に行った。
妻は、今日も相変わらず、気持ちよさそうに寝ていた。
子どもたちは、ようやくこの状態に慣れてきたのか、フツウに会話

3男「今日の夕飯はナニ?」

父「肉野菜炒めとか、そんな感じ」

2男「チンジャオロース?」

父「は? ニクヤサイイタメって言ったんだけど」

3男「チンジャオロース食いたい! 母さんが作ったの、おいしかったなあ。また思い出してしまった・・・グスッ。ああ食いたい!」

2男「お前、母さんのことじゃなくて、とにかく食いたくて泣いてんの?」

3男「だって、ほんとに腹へってるんだもん」

父「母さん、作ってやりたいだろうなあ」

2男「あれ、母さん、顔が泣いてるよ」

3男「ほんとだ、涙が出てる。さっきまではなかったのに」

2男「お前が泣かしたんだ」

3男「ええ!? そんな・・・」

2男「でも、母さん、ちゃんと聞いてんだね」

父「料理を作って上げられなくて泣いたのか、キミたちのあまりの成長のなさを嘆いたのか・・・どっちだろうね」

――帰りの車のなかでも3男は「食いたい食いたい」を連発。「結局お前は食いもんかよ」と2男。

     *

最近、長男と会社の経理や資金繰りの問題について話し合っている。

大学生になるか浪人するか、結果はあと数日後。
どちらに転んでも、妻に代わって自分が会社の一角を担うと決意してくれているようだ。

小学生時代に10台以上のパソコンを自作して、中学の頃は講師もやっていたこともあり、パソコンについては、ハードもソフトも私よりずっと高度な技術を持っているので、とても助かる。

ここから何か新しいことが始まると信じたい。

子どもたち | 【2010-03-18(木) 23:15】 | Comments:(2)
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桜の季節 【2010-03-22(月) 22:12】
なんだか、FC2ブログがヘンです。
更新しても、なかなか反映されなかったり、UPしたコメントが消えたり、消えたかと思うと、また出てきたり・・・

     *

東京では桜の開花が宣言された。

ここ、さいたままでは、だいたいあと1週間ぐらいだろうか。

満開の桜もいいけれど、開花を待つこの時期も、妻はとっても好きだった。

近所の桜の蕾を見ては、花見の計画を練ったり、天気予報を調べたり、花粉の飛び具合に顔をしかめたり。

今年はもう無理だけど、来年は、また一緒に花見がしたい。

名所になど行かなくても、近所の1本の桜でもいい。

一緒に花見がしたい。

     *

今夜、子どもたちは、3人まるごと神奈川のKさんの所にお呼ばれ。

一応、長男の受験の慰労会なのだけれど、当然のごとくコブが2つも付いていった。

子どもたちが小さな頃から、家族ぐるみでお付き合いして来た人。

妻が姉のように慕っていた人。

一緒に旅行に行ったり、パーティを催したり、想い出がいっぱいある。

我が家は、私の友人も、妻の友人も、仕事関係の人まで、なぜか家族みんなでお付き合いをさせていただくことが多かった。

そうした人の所には、子どもたちだけで(あるいは1人ずつでも)遊びに行くことができる。

子どもたちの「お客さん大歓迎」的な雰囲気は、妻の性格から来たものだと思う。

とにかく、3人の子どもたちは、こうしてたくさんの人たちに育てられてきた。

その多様な関係は、彼らの心をどれだけ広げてくれたか分からない。

今ごろ子どもたちは帰りの電車の中。

帰ったら、新しい想い出になる土産話を聞きたい。

子どもたち | 【2010-03-22(月) 22:12】 | Comments:(0)
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次の目標 【2010-03-23(火) 23:58】
長男の後期試験の結果は、やはり難しかった。

塾にも行かずに最難関に挑戦するという勇気は素晴らしかったし、

実際にセンター試験までは理想的な成績で折り返したけれど、

そこから2次試験までの40日間、さらに後期試験までの2週間、

ずっと母親が意識不明という状態は、さすがにこたえたのかもしれない。

でも本人は、「母さんの病気のせいにはしたくない」と

気持ちを切り替えて、次の目標に向かい始めている。

「おれは、そんなに強い人間じゃなかった」と、

少しは落ち込みもあるみたいだけれど、

2人の弟たちをいじめて遊ぶ元気は残っているようだ。

珍しく、3男と一緒に風呂に入り、そこでもじゃれあっていた。

兄弟が慰めあい、支え合っている姿をみたら、

妻はどんなに喜んだろうと思う。

子どもたち | 【2010-03-23(火) 23:58】 | Comments:(7)
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病室で勉強をする3男  【2010-03-30(火) 23:58】
夜の病室。21時30分。

今夜は3男が病室で勉強すると言ってついて来た。

「母さん! 母さん! もうそろそろ起きて」

3男の呼びかけに、瞬きをする妻。

「母さん、パッチリ目を開いて、かわいいね」

「いくつになっても、かわいい女性だった。今もかわってないけど」

「年よりずっと若く見えたよね」

――もし意識があったら、きっと喜んでいるはず。

「キミが苦労や心配をかけ過ぎたから、母さん、こんなことになっちゃったのかなあ・・・」

「なんでオレ?」

「じゃ、だれ?」

「うーん、オレもだけど、みんなじゃない? 父さんもね」

「そっか、そうだね」

――もし意識があったら、妻はなんて言いたいんだろう・・・

「もしさ、倒れたのが父さんのほうだったら、どうだったかね?」

「考えたくないよ、そんなこと。母さんが倒れたことだって、ほんとは考えたくない」

――3男は今ベッドをはさんだ向こう側で、苦手な数学の勉強を始めた。

     *

どうもいつもと病室の雰囲気が違うと思ったら、入院初日からずっと置いてあった心拍数や血圧、脈波などを表示するモニターが撤去されている。
妻の体につながっていたケーブル類もなくなり、ずいぶんスッキリした感じだ。
このところずっと安定していたので、もう監視する必要がなくなったのだと思う。

ちょっと強めのマッサージをすると、手も足も、かなり活発に動くようになってきているし、手足の関節も、まだまだ柔らかく、固まっていない。
時折、なにかしゃべりたそうに口を動かす。
顔色も悪くない。
寝顔は、ほとんど元気な頃のままのように見える。

「このまま一緒にベッドで寝たりして」

「添い寝は無理だけど、一応泊まれるよ、個室だから」

「明日は朝から部活だから、母さん、起こしてくれるかなあ・・・」

子どもたち | 【2010-03-30(火) 23:58】 | Comments:(1)
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意味ないことは起こらない 【2010-04-01(木) 23:36】
今日から4月。妻が倒れてもう2ヶ月半。
長かったようで、あっという間のようで。
夢の中の出来事のようでもあり、生々しい現実が迫ってくる時もあり。

でも今こうして、春のいつになく暖かな夜、静かな病室で、柔らかな光を浴びながら、妻と二人、向き合い、何も語らず、見つめ合い、心の中の思いを伝えようと、じっと見つめ合い、何かが通じたような気がして、嬉しくなったり、笑ったり、そして泣いたりしていることは、紛れもなく2010年4月1日の現実だ。

妻が倒れる直前までは、そして倒れた後でさえ、全く想像もしなかった状態。
だけど、こうなるべくして、こうなったような気もする。

多大な犠牲を払い、多くのものを失ったままではあるけれど、それによって私も、子どもたちも、そしてきっと妻も、何か大切なものを得て、また次のステップを昇ろうとしているような気もする。

「母さんがまだ目が覚めないのは、何か意味があるんだと思う」と、2男は言っていた。
「まだ、この状態を続けなければならないから、こうなっているような気がする。父さんがいつも言っていたように、意味のないことは起こらないんだよ」

「その意味って何だと思う?」

「はっきりとは分からないけど、自分が変わらなければならない期間だとは感じてる」

子どもたちは、この状況によってもたらされた意味を、それぞれのレベルで受け止めようとしている。
そして私自身、その「意味」の中に迷い込み、混乱したり、決意したり、落ち込んだり、希望を感じたりの繰り返しだ。

でも、「生きていればなんとかなる(んじゃないかなあ、そのうち)」と、ようやく開き直ったり、楽天的に考えられるようにはなってきている。
だって、落ち込んだときに慰めてくれるはずの妻が、こうしてずっとお休み状態なのだから、「もうダメかも・・・」なんて、落ち込んだふりをしても仕方がないわけだし。

小さな子どもが転んだ時、母親が心配そうに駆け寄ると思いっ切り泣いて助けを待ち、母親がいない時には、自分で立ち上がったりするけれど、なぜだかそんな情景が思い浮かんだ。

そういえば我が家は、よほど危険なことでもない限り、そういう時は放っておくのが常だった。
外でも家の中でも、スネたりしたら、「スネオ君は、あっちに行って1人でスネててね。スネオが治ったら戻っておいで」と、ゾッとするほど冷たくあしらった。

スネオのままだったら、おやつはもちろん、食事さえ、スルーされることもしばしばだったから、子どもたちは、ちょっとでもスネたら大損するということを身にしみて感じてきたはず。

かくいう私も、この期間は、あまりの寂しさに、ちょっとスネオになりかけた時もあったり・・・。

反省。

そんな父に対して、子どもたちは、自分たちの育てられ方とは違い、無視することなく、みんなで暖かくフォローしてくれた。


子どもたち | 【2010-04-01(木) 23:36】 | Comments:(5)
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元気です 【2010-04-04(日) 14:18】
いろいろご心配をおかけしました。

おかげさまで私は元気です。

おとといは、子どもたちが総出でマッサージしたりドライヤーやカイロで体を温めたりして私を介抱してくれました。

3男は、苦しむ父を見て泣きながら私の体をさすり、

2男は、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」といいながら、みんなを励まし、

長男は、M先生からもらった足の裏の反射区の図を見ながら押すべきツボを探し、

ラッキーは、顔や手をペロペロなめて、

一時は大騒ぎになったけれど、

でも、1年前のときと同じように、苦しみのピークの1~2時間を過ぎたら、ウソのようにすっかり元通りになりました。
夕食は、みんなで笑いながら、いろんな話をしながら、普通に食べました。

みぞおちのあたりに氷の塊があるような感じというか、冷たいアイスを一気に飲み込んだような苦しさの特大レベルというか、そんな状態。
前に精密検査したときは、とくに異常は見つからず、「おそらく疲れでしょう」と言われたけれど、たしかに今回も、妻が倒れてからは全く休む日がなかったから、きっとそうした心労が溜まって、体の奥の氷の塊になったのかもしれない。

というわけで昨日もちゃんと妻に会いに行ったけれど、夜は大詰めに入った仕事があって、ブログの更新ができませんでした。
寝込んでたわけではないです。

ただ、長男と3男は、それなりに心配だったのか、夜、仕事中の私の部屋に来て、なんだかんだしているうちに結局そのまま寝てしまいました。

20100404.jpg
 (-o-)...zzz (--)zzz.。oO○

逆に私のほうが子どもたちの部屋に行き、2男と一緒に寝るという、不思議な構図に・・・。

     *

コメント、返事ができなくてすいません。
とても元気付けられてます。

「笑み」さん、コメント欄、自由に使ってください。
私にもとても参考になります。

子どもたち | 【2010-04-04(日) 14:18】 | Comments:(2)
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子どもたち3人が勢ぞろい 【2010-06-20(日) 22:51】
今日は、久し振りに子どもたち3人が勢ぞろいで病院に行った。
私とラッキーは、お留守番。

2男は、ほぼ1ヵ月ぶりの再会になる。
「髪の毛が伸びて、倒れる前とほとんど同じような顔だった」
いろんな管も外れて、たしかに、見た目はずいぶん「普通」になってきている。

母子の仲はとても良いほうだったけれど、今の状態を、子どもたちはそれほど悲しんではいない感じだ。
たしかにちょっと寂しいときもあるけれど、みんな「普通」に日常を過ごしている。
それぞれ、家事を分け合い(押し付け合い?)ながら、楽しく、幸せな感じで暮らしている。
カメルーン戦もオランダ戦も、みんなで興奮しながらTV観戦した。

相変わらず超楽天的な言動を繰り返し、上空10kmぐらいを飛んでる感じの長男。
相変わらずマイペースで不思議な言動を繰り返し、はるか成層圏の外を漂ってる感じの2男。
相変わらずラッキーを追い掛け回し、地べたを這いずり回ってる感じの3男。
笑ったり、ケンカしたり、遊んだり、勉強したり。
幸せな感じは、「かあさん」がいるころと、そんなに変わらない。
希望も不安も、喜びも不安も、同じように行ったり来たりする。

情けないことに、一番、落ち込みがちなのが、私自身かもしれない。
ときどき、寂しさや脱力感に覆われ、何もする気がなくなってしまう。
それでも、子どもたちに支えられて何とかがんばっている。

火曜日から、2男は沖縄へ修学旅行。

母親不在のなか、すべて自己責任で準備をしているけれど、それでもとっても楽しそう。

病院での写真、3男が撮ってきたけれど、とてもお見せできるようなレベルではなく、ボツです。

子どもたち | 【2010-06-20(日) 22:51】 | Comments:(3)
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おみやげ分配のルール1 (残酷物語?編) 【2010-10-05(火) 19:02】
我が家の子どもたちは男ばかり3人。

夫婦が仲良く、尊敬し合っていれば、それだけで育児教育の土台は、ほとんど出来上がったようなものと考えていたけれど、それでもいくつか、実験?のような育て方を、妻と一緒に面白がりながら実践していた。

その一つが、「おみやげ分配のルール」

自宅が会社なので、たいていの仕事は家でパソコンに向かって、ということが多いのだけれど、週に1回ぐらいは打ち合わせや取材などで外出することがあった。

いうまでもなく子どもたちは、帰りのおみやげを期待している。

賢明な父親なら、なるべくケンカにならないように、同じ物を3個か、3等分しやすい物を買うのだと思う。

ところが私は性格がひねくれているせいもあって、あえていつも違う物ばかりを買って帰った。

たとえば、ミルクプリンと、エクレアと、ロールケーキとか。
だいたい1個100円以内。
種類がバラバラなだけではなく、その数も2個とか、4個とか、とにかく、簡単には割り切れない数、分けられないような物同士の組み合わせにしていた。

当然、子どもたちの間では、誰がどれを取るかという争奪戦が始まる。

そのとき私は、「もしケンカをしたり、スネたりしたら、すべて没収になるからね」と、冷たく言い渡す。
さらにもう一言。「ジャンケンは禁止。話し合いで決めるように」と。

値段や、見た目や、大きさなどで品定めをしつつ、3つ巴の激しい議論がはじまるけれど、ケンカにならないように、スレスレのところで、譲歩したりクールダウンしたりと抑制がかかる。

ここでのポイントは、その交渉には親は一切口出しをしないということ。

とにかく、一旦「ケンカ」と判定されたら、目の前にある「幸せ」を、すべて失ってしまうから、子どもたちも慎重だ。

もちろん、その限界ラインをはみ出してしまうことも何度かあった。

たいていの場合、その火元は、まだ幼く感情のコントロールが難しい3男。

くすぶり始めたところで、なんとか止められればいいのだけど、まだまだ修行の足らない長男がエラそうに説教を始めると、かえって火に油を注ぐことになってしまう。

2男が止めに入っても、1と3の戦いはどんどん加熱して、決定的なケンカ状態に・・・。

そんなときは、私と妻ですべてを食べることになる。
ザンコクなことに、子どもたちの目の前で。
しかも、とてもおいしそうに。

「ああ、せっかくパパが買ってきてくれたのに」
「こんなにおいしいのに、なんでいらないの? お菓子を食べるより、ケンカのほうが楽しいの?」

と、皮肉たっぷりに。意地悪く。

子どもたちが「ちょっとだけ、ちょうだい」と言っても、

「でも、すべて没収という約束だから、パパもどうしようもないんだよ。約束は守らないとね」

「もともとパパは、君たちに食べさせたくて買ってきたのに、それがこんなことになったんだから、かわいそうなのは、パパのほうだと思わない? プレゼントを自分で食べてるんだから。しかもメタボに悪いし・・・」

「ああこんなことなら買ってこなければよかった。みんな仲が良い兄弟なのに、こんなおみやげを買ってきたばっかりにケンカになってしまって・・・。ゴメン」と言いながら、おいしそうに食べる。

(ここだけ読むと、なんてひどい親だろう、という感じです)

ただ、許しがないかというとそうでもなく、救いの道も残されている。

 ※書いてたら面白くてついつい長くなったので、この続きは次回に・・・。

子どもたち | 【2010-10-05(火) 19:02】 | Comments:(6)
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おみやげ分配のルール2(救いの裏技編) 【2010-10-06(水) 23:00】
今朝、妻の夢を見た。

はっきりとした姿で登場したのは、1月に倒れてから初めてのこと。

妻は台所の冷蔵庫の前で、こちらを見て静かに笑っていた。

私「なにしてるの?」

妻「なにが食べたい?」

私「なんでもいいよ」――思えば、いつも私はそう応えていた。「あれ? 話ができるの?」(話せることの前に、そこに立っていることにはなぜか驚かなかった)

妻は静かに笑いながら、うなづいてくれた。

(ああ、これでまたみんな一緒に暮らせる)――そう思って心から安心した…と思ったら目が覚めた。

     *

あとで子どもたちにその話をしたら、

長男は「1年くらい先の現実を見たんだよ、きっと」

2男は「母さん、ほんとに来たんだと思う」

3男は「父さんばかりズルイ」と言って、グスっと、ひと雨きそうな感じ。

ああ今も、そのときの印象が焼き付いて離れない。そのときの声が頭の中で何度もリフレインする。

     *

■さてさて「おみやげ分配のルール2(救いの裏技編)」、先回からの続きです。

ケンカしたら、おみやげのスイーツはすべて没収というのが原則だけど、ただ、許しがないかというとそうでもなく、救いの道も残されている。

それは、ゼッタイに約束を曲げない(はずの)パパも、ママルートだと、なんとかなる可能性が高いということ。

「ママが心から願うことは、パパはどんなことでも聞いてくれる」という裏技(最終兵器?)があることを、子どもたちは知っている。

ようするに、子どもたちがママとの間で、「何でも言うこと聞きますから」とか「お手伝いをしますから」とか「たくさん勉強しますから」とか、とにかくなんとか密約を結び、ママからパパにお願いしてもらうということだ。

ただ、そもそもママの心を掴むことも、そんなに簡単ではないから(何度も裏切ってきたし)、いったん取り上げられたお菓子が子どもたちの口に入ることは、あまりなかったけれど。

それでも、「約束」が本当に実行されるということを経験していくにつれて、子どもたちは、ケンカを回避する方法を工夫するようになった。

いざ3男がくすぶり始めると、もう抑えが効かなくなる可能性が高いので、それこそ慎重に慎重に説得工作が始まる。

こうしたことを通して、子どもたちは、「共にハッピー」か「共にガックリ」という連帯関係のなかで、自分の欲求と相手の欲求のバランスの取り方を学んでくれたように思う。


 この話、また続きます。ひっぱってすいません。

子どもたち | 【2010-10-06(水) 23:00】 | Comments:(2)
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おみやげ分配のルール3 (兄弟ゲンカの効用編) 【2010-10-07(木) 22:22】
<先回からの続き>

数も種類もバラバラのおみやげスイーツを、子どもたちはアーダコーダと言い合い分け合いながら、とりあえず自分の物をキープする。

物によっては値段や大きさなど、そのグレードに差があったりする場合が少なくない。
そういう時は、ハイグレードな物を手にした者は、それを他に分け与えるという契約が前提になっていたりする。

また、いろいろな種類のスイーツがあると、そのすべてを味わいたいため、それぞれが自分の物を手にした状態から、「これちょっとあげるから、それちょっと食べさせて」というように取引交渉も始まる。

さらには、何よりもママに、そしてパパにも「上納」しないといけない(のではないか)というプレッシャーもある。(これをきっちりやっておかないと、次にひびく可能性が高かったりする)

たとえば2男(Y)が自分の分を少しママに食べさせる。

「ああ、おいしい! Yがくれたお菓子は、すごくおいしいね!」と言うと、今度は長男も3男も、「こっちのほうがおいしい」「こっちも食べて」ともってくる。

こうして、子どもたちそれぞれが手にしているスプーンは、いつもすべての家族の口に入ることになる。
(そのフシギな風習は、現在に至るまでずっと続いている。)

そして「みんなで食べるとおいしいね、また買ってくるからね」と、パパが言ってハッピーエンド。というわけです。

     *

いま思えば、ことあるごとに兄弟ゲンカが起きるような状況を、あえて演出していたような気もする。

ちょっとでもケンカしたら、「もう絶交!」となりがちな今の時代の友達関係。

だけど兄弟であることの特権は、どんなにケンカしても、そのすぐ後に、一緒に同じ釜のメシを食べ、同じ部屋に寝るしかないという定めから逃れられないこと。

ケンカがどのようにして発生して、どうやって関係が修復していくのか、実践的に教えたかった。
それで、せっかくだから今のうちにたくさんケンカさせておこう…と夫婦で話した記憶がある。

武器を使うなど危険なことをする場合を除いて、どんなに熾烈な戦いになっても、親は原則不介入を貫いた。

ただ、「デブ」とか「死ね」とか、そういう言葉を発したら、その瞬間に、どっちが悪いというのとは全く無関係に、その言葉を発したほうを、徹底的にとっちめた。

相手の人格や心を傷付ける言葉や行為は許さない!と、鬼みたいな顔をして、ものすごい剣幕で怒った。鉄拳制裁も辞さなかった。

「言葉に責任を持て」と、今まで幾度説教したことか。

そのせいで、「また、父さん約束破った。言ったことに責任持ってよ!」と、いつもいつも糾弾されてしまうのだけれど。

子どもたち | 【2010-10-07(木) 22:22】 | Comments:(4)
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ラッキーと久し振りの散歩 【2010-10-11(月) 18:24】
朝から秋晴れの1日。

予備校の授業のある長男をのぞき、2男と3男そしてラッキーも一緒に妻の所に行くことになった。

私が新規開拓した病院近くの、とびきりおいしいラーメン付(しかも特盛)ということで、とくに3男は大はしゃぎ。

ところが、あまりにはしゃぎ過ぎて、出かける直前、車のドアに頭をぶつけてしまった。

見たところ、たいしたキズではなかったけれど、本人があまりに痛がる(これ、いつものこと)ので

  a:病院に行って診てもらうか
  b:母さんの病院(ラーメン付)に行くか
  c:家で寝ているか

どうする? 自分で決めていいよと聞いたら、bとcの間で悩みに悩んだ末、家で寝ているということになった。

というわけで、2男とラッキーは、久し振りに母とご対面。
40分間ぐらい、病院の周りを散歩した。

101011a.jpg

101011b.jpg

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抱っこは難しかったけれど、頭をなでてもらったラッキー。

ちょうどそのころ、3男から「退屈だから早く帰ってきて」という電話があった。

必要以上に痛がると(痛いフリをすると)、あんまり良いことはないようだということを、思いっきり学習したに違いない。

並んで食べたラーメンは、やっぱりおいしかった。

子どもたち | 【2010-10-11(月) 18:24】 | Comments:(7)
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3点の差 【2011-03-11(金) 14:37】
T(長男)は、あと3点で合格に届きませんでした。

 ●合格ライン 345
 ●Tの点数  342

今年は、せっかく浪人したのだからということで、1つ上の学部(経済)を目指したのが裏目に出た感じです。

試験問題は同じなので、去年と同じ学部であればラクに合格していた成績でした。

去年と同じように、後期試験への「合格通知」が届き、13日の最後のチャンスに向けて今日も勉強しています。

それは500人中、100人だけに開かれる最後の扉。

敗者復活戦とはいえ、最難関の法学部を落ちた人たちが押し寄せてくるので、現実はかなり厳しい状況です。

だけど、もし通るようなことがあれば、最高峰の法学部に行くことができます。

かりに撃沈したとしても、K大法学部が決まっているので、本人は気楽にチャレンジすると言ってました。

いずれにしても、もともとやりたかった法学を勉強することになるので、それはそれで良しとしようと、プラスに受け止めています。

T「おれ、がんばったよね?」

私「ああ、がんばった。あと3点なんて、きっと何か意味があるんだよ。たとえば、法学をやれってことかもね」

応援してくださったみなさん、本当にありがとうございました。

     *

先日、入学式や塾講師のアルバイト用にと、父子で紳士服専門店に行きスーツを購入しました。

店員さんにうまくのせられて、とっても似合うということになった、ちょっと高級(高額?)な感じのスーツを試着して、「どう?」と聞く長男。

「いいんじゃない」と、そっけなく応えたけれど、本当はとっても感慨深かった。

妻なら、きっと感激して店内で大泣きしてしまったんじゃないかと、思います。

子どもたち | 【2011-03-11(金) 14:37】 | Comments:(4)
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新しい旅立ち 【2011-03-24(木) 16:40】
震災のニュース。

悲しみや、心配や、不安やらが、テレビ画面を流れていく。

実際にそれを体験している人たちは、どんなにか大変だろうと思う。

だけど、避難施設で小さな子どもたちが遊び回っていたり、

小中学生が掃除や配膳などの仕事を率先して手伝ったり

みんな助け合い、協力し合い、励まし合いながら

なんとか大難局を乗り越えようとしているのを見ると

希望があふれてくる。

どんなに苦しい悲惨な状況にあっても

その苦労を分かち合い、共に生きてくれる人がいるだけで

なんとかなるものだと、教えられる日々。

     *

ガソリンが空っぽランプが点灯中だったので

もう2週間近く病院には行っていない。

昨日、ようやく少しだけ入れられたので

早く妻に会い行きたいと思う。

T(長男)の受験結果も報告しなければならないし。

結局、どたばたしながらもK大の法学部に行くことになった。

第一志望ではないけれど、それでも「私立文系の最高峰だから」と

Tは自慢気に胸を張った。

私立大学なので、何かとお金がかかるのが頭痛のタネだけれど

それでも、新しい旅立ちなので、夫婦そろって祝福してやりたい。

日本中が、新しいどこかに向かっているような気もするこの頃です。


子どもたち | 【2011-03-24(木) 16:40】 | Comments:(6)
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幸せを感じる力 【2011-09-02(金) 11:20】
9月。夏休みも終わり、2男と3男は昨日から学校。

2人とも受験生なので、ほとんど遊ぶことなく、ひたすら勉強と家の手伝いの日々だった。

「勉強するヒマがあったら家事をやって」と、受験生に対しても要求するような家なので、なにかとタイヘンだと思う。

だけどそれは今に始まったことではなく、妻がいる頃からそうだった。

「勉強したから偉い」というより、「勉強するのは当たり前」「勉強させてもらえるのはありがたいこと」というスタンスを、夫婦で示してきた。

「君たちが学校行くためには、親だけじゃなく、国も地方自治体もお金を出してる。こういう教育システムがあるのも、前の世代の人たちが一生懸命に働いたおかげ」

「中学までは義務教育だから親の責任として出してやるけど、高校からは本当に勉強したい人だけが行けばいい。中卒で生きていく勇気があるんだったら、それでもいいし。自分で決めろ。どうしても高校とか大学に行きたいというんなら、応援はする」

――そんなことを繰り返し言ってきた。

一応、こうしたらああなる(可能性が高い)というようなことを教えて、あとは自分で選ばせてきた。

もし子どもたちが「勉強しない道」を選んだとしても、それを受け入れる覚悟が必要だった。
もちろんホンネはたくさん勉強してほしいんだけれど・・・

     *

大学生の長男は、まだ夏休み中。

今朝早く、台風の空模様を心配しながら友達と1泊旅行に出かけた。

IT関係に詳しいので、大学のイベントでホームページを作ったりする仕事を担当していて、夏休みの間も、仕事と称していつも東京方面に出かけていた。

その長男が、昨夜ふと、「なんだか幸せだよね」と言った。

「こんな状態で、なんで幸せを感じるのかヘンだけど・・・」と。

長男は、ときどきこんな感じのことを言う。

「ちゃんと親がいて、お金もいっぱいあって、それでも家族がバラバラで、早くこんな家出て行きたいって思ってる人もいるのに」

「そうだね。貧しくて、いろいろつらいことがあっても、それでも幸せを感じられる人もいる。それって、ひとつの才能だと思うよ。幸せを感じる力」

「その才能、大切だよね。なんでオレにはその能力があるんだろ」

「そりゃ、親の育て方のタマモノ・・・っていうか、まあ貧しくても幸せを感じられるように、先手を打っといたから。でも、逆に、人に幸せを感じさせられる能力も身に付けてほしいもんだ」

「はいはい」

今ごろ、強風の中、高速道路を運転してるころだろうか。


子どもたち | 【2011-09-02(金) 11:20】 | Comments:(3)
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誰が1番、好き?(その1) 【2011-10-25(火) 09:30】
先回の記事のコメントで、らなさんから子育て話のリクエストがあったので、調子にのって少し書いてみます。

「良い子に育てる秘訣」はサッパリわからないけれど、「楽しい子育て」みたいな話なら、なんとなくわかるので。

     *

子どもたち3人が小さい頃、よく「パパは誰が1番好き?」と聞いてきた。

こんなとき、「みんな同じくらい好きだよ」というのが、模範解答なのかもしれない。

だけど、期待満々の小さな目を見ていると、ついつい遊んでみたくなってしまう。

「そうだなあ、それはヒミツ・・・」と、私はいつもちょっと思わせぶりに答えていた。

「きっと、ボクのことが一番好きだよね」「いやボクだよね」と、それぞれが主張し合う。

「じゃあ、こっそり教えてあげようか・・・1人ずつおいで」

こういうときは決まって最初に来るのは長男のT。

心配そうに見守る弟たちの視線を受けながら、そっとTに耳打ちする。

「じつはね、パパはTのことが1番好きなんだよ。ゼッタイヒミツだからね」

当然、Tはウキウキ顔で他の2人の所に帰って行く。

「パパなんて言ってた?」と弟たち。

「ヒミツだもん」

その得意げなTの顔を見て、今度はY(2男)が来る。

「パパが1番好きなのはYだってこと、知ってるでしょ。でもパパとYのヒミツだから誰にも言っちゃダメだよ」

当然、Yはニコニコ顔で2人の所に帰って行く。

ちょっと怪訝そうなTの顔。

最後にK(3男)。

「あのね、パパはKが1番好きに決まってるでしょ。でも、お兄ちゃんたちに言ったらダメだよ。パパとKだけのヒミツだから」

大喜びするKのようすを見てTが「パパはボクのことが1番好きって言ってたでしょ?」と弟たちに聞く。

「ちがうよ、ボクのことが1番だって言ってた」

3人とも自分が一番だということを主張し合って、ちょっとアヤシイ雲行き。

「じゃ、もう一回聞いてみる」とTが来る。

「パパはさっきボクのことが1番好きって言ったよね」

「言った」

「でも、YもKも、自分が1番って言われたって言ってたよ」

弟たちの耳はダンボになってこっちに向けられている・・・。

妻は、「また始まった」みたいなあきれ顔・・・。

        <つづく> 長くなったので、また次回。



子どもたち | 【2011-10-25(火) 09:30】 | Comments:(2)
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誰が1番、好き?(その2) 【2011-10-27(木) 20:29】
(先回の続きです)

「パパは誰が1番好き?」

ーーそう聞いてくる子どもたちに対して、「もちろん君が1番好きだよ」とみんなに答えていた。

子どもたちは、「みんなが1番なんておかしい。ほんとは誰が好きなの?」と言ってまた聞いてくる。

そのたびに、「もちろんTだよ」「Yに決まってる」「あのねほんとはKだよ」と同じ答え。

子どもたちも、ゲームみたいになって何度も何度も入れ替わり立ち替わり聞いてくる。

何度きても答えは同じ。

子どもたちがいいかげん飽きるまで、そんなことが延々と繰り返される。

それで彼らが納得したかどうかは別として、とりあえず「君が1番好きだよ」と何度も言ってもらえることは嬉しかったみたいで、年に何回かはそういうセレモニーが繰り返された。

いま思えば、親の立場からすると、本当に「みんな1番好きだよ」という思いを伝えたかったのと、「人の心はなかなか割り切れないものだよ」ということ、それと、そういうことを人と比べることのナンセンスさも感じてほしかったような気がする。

ときどき、その輪のなかに妻が入って、「じゃ、私は何番目なの?」と聞いてくることもあった。

「そりゃ、あなたが1番に決まってる。子どもたちにはナイショだけど」と、子どもたちに聞こえるように。


子どもたち | 【2011-10-27(木) 20:29】 | Comments:(0)
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