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ラッキーパパ

Author:ラッキーパパ
向日葵のように明るかった妻が突然倒れました。5人の子どもたち(T:18、Y:16、K:13、ラッキー:犬1…全員♂・年齢は当時 2016年より猫1が参加)と共になんとか生きています。詳しくは「はじめに」で。

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血圧が安定してきた 【2010-02-01(月) 13:05】
妻が倒れて18日目。
ここ3~4日間、血圧はほぼ85-130あたりで落ち着いてきている。

先日ドクターに聞いた話では、1ヵ月間意識がなかった人でも、半年後には歩いて通院している患者さんもいるらしい。
とにかく希望を失わずに、姫の目覚めを待ち続けたい。

家のほうは、母がいてくれるので、ほんとうに助かっている。
私たちは夫婦とも実家を出ているので、子どもたちは、たまに帰省する以外は祖父母と一緒に暮らすという経験がなかった。
それが期せずして、いまは実現できている。私にしても母と暮らすのはもう32年振りのこと。
寝たきりの妻にはわるいけれど、とても貴重な経験をさせてもらっている。

実家のほうでは炊事は嫁さん任せだったため、母が本格的に台所に立つのは何十年ぶりかのことらしい。
最初はかなり不安げだったけれど、何を作っても、おいしいおいしいとあっという間に平らげてしまう成長期の♂たちに、目を丸くして驚いている。

外はいま白い雪が降っています。

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安定期/リハビリ | 【2010-02-01(月) 13:05】 | Comments:(8)
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右目のほうも少し開き始めて 【2010-02-02(火) 23:07】
妻が倒れて19日目。
わが姫はまだまだ寝たりないようです。

左目は2~3日前から開いていたけれど、今日は、右目のほうも少し開き始めている感じでした。
38度と、熱っぽかったのが少し心配。

今日は仕事上のクライアントの方が、打ち合わせとお見舞いをかねて、わざわざ我が家まで来てくださった。
お土産のシュークリーム、子どもたちは大喜びでした。ありがとうございます。

  * * *

前の日記にも書いたけど、私たちはほんとに仲の良い夫婦だった。

自営業で収入が不安定だったため、文字通り「富める時も貧しい時も」あったけれど、ただ二人でいるだけで、いつも幸せを感じることができた。

だけど結婚して20年も経つと、いつのまにかそれが「当たり前」になっていて、喜びの感覚がマヒしてしまっていたような気がしないでもない。幸せであることに慣れてしまっていたという感じだろうか。

妻が元気でそばにいてくれる、好物のぶっかけうどんを作ったりコーヒーをいれたりしてくれる、庭に植えたハーブが芽を出したと喜んだり、ラッキー(イヌ)がたくさんウンチをしたと驚いたり、子どもの成績が上がったとか下がったとか・・・いじめられて帰ってきたときは、一緒に泣いたり、悔しがったり・・・

そんな些細なことの一つ一つが、昔見た映画のように美しく、眩し過ぎるくらい輝いて見える。

人と人とが出会い、結ばれ、家庭を営む――それがどんなに奇跡的でかけがえのないことだったのか。

今回の経験がなければ、私はきっとこれほどまでに深く実感することはなかったと思う。

どちらかというと、今までは私のほうがいつも支えられてばかりで、愛の負債だらけだったので、これから妻のために生きることで、少しはその収支バランスを改善できるかな、と思っています。

安定期/リハビリ | 【2010-02-02(火) 23:07】 | Comments:(5)
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共時性(シンクロニシティ)がやってくるとき 【2010-02-03(水) 22:56】
妻が倒れてから20日目。
いまだ意識不明のなか、妻はどんな夢を見ているのだろう。

意識が戻った人たちのブログを見ると、いろいろ不思議な夢を見たという話が書いてあった。

妻は、神秘的な話が好きな人だったけれど、ホラーや暴力系の怖い話は全くダメだった。
(それを受け継いだのが2男。「ドラえもん」でさえ、ちょっと怖い話のときは、毛布をかぶって耳を塞いでいたっけ。それも10歳ぐらいになってから。4つ下の弟は笑いながら見ているのに・・・)

ああ、願わくは妻の夢が、楽しいものでありますように。

今日、病院に行ったのは夕方6時半ごろ。
1Fからエレベーターに乗ろうとしたら、Kさんとばったり会った。
つい数日前にも来ていただいたのに、また足を運んでくださったらしい。
東京をはさんで反対側だから、そんなに近くはないのに。

病室に行くと、新しいキレイな花が置いてあった。(その前にあった花もKさんが置いてくださったものだった)
薬品の匂いが漂う病室のなかで、かすかに生命の香りが感じられた。
どうか、この香りやKさんの思いが妻に伝わりますように。

私は、実家の母に思いっきり自慢した。
「妻は、こういう本当の友だちをつくってきたんだよ」と。

それにしても、もし1分、時間がズレていたら、お会いすることはなかったろうと思う。
私と母が待つエレベーターで、まるで計算したかのようにKさんは降りてきたのだった。
なぜ、カミサマはこういうことを仕組まれるのだろう。

昔、共時性(シンクロニシティ)という言葉に強い興味をもったことがあった。
それは、偶然の一致のように思えることが、意味を持ってつながっていくというようなこと。
すべての出来事になんらかの意味があり、とくに人と人との出会いには、偶然なんて、ないということ。

今回の妻の病気も、いろいろなメッセージを私と子どもたちにもたらしてくれた。

長男は「母さんが倒れなければ、父さんが倒れていた」と言った。
「母さんが倒れたから、父さんは、母さんのために自分の健康を強く意識してくれるようになった」と。

雑想 | 【2010-02-03(水) 22:56】 | Comments:(5)
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音楽のチカラ 【2010-02-04(木) 23:08】
妻が倒れてから21日。意識不明になってから20日が経ちました。
血圧や脈拍、血中酸素濃度など、ほぼ正常値のあたりで落ち着いてきています。

20100204b.jpg

気道が狭くなっているらしく、息が少し苦しそうなので、口から管を入れてラクに呼吸ができるような処置がされていました。
そのせいか、今日はいつになくスヤスヤ眠っていました。

ところで、今日の昼から、また個室に引っ越すことになりました。
2人部屋→個室→2人部屋→6人部屋→個室と、1日おきぐらいに病室が変わっています。

こちらの意思とは関係なく、病院の都合で、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと、どうも落ち着かない感じ。
患者さん全員の状況を総合的に見た上でのやりくりなのだろうから、仕方がないんだけれど・・・。

なにはともあれ、個室なので、また音楽を流すことができるようになりました。
3男愛用のミニスピーカーを強制徴用して、それに私のiPodを接続。妻が好きだったサラ・ブライトマンのアルバム数枚をエンドレスで流しています。

20100204a.jpg

美しい音楽が流れると、病室全体が不思議な優しさに包まれ、雰囲気が一変します。
去年の春、一緒にサラの武道館コンサートに行った時。
妻は、その完璧な歌声に感動し、目にいっぱい涙をためながら、少女のように聴き入っていました。
あのときのことを思い出して、ステキな夢を見てくれればいいけれど・・・。
(今は私のPCからも同じ曲が流れています。)

スピーカーの間にあるのは2男が折ったバラの折り紙。
左手前の花は、Kさんが置いてくださったもの。
今日はまた、熱海からT夫妻が会いに来てくださいました。

たくさんの人の愛と祈りが、妻の脳に、心に、魂に、伝わりますように。

安定期/リハビリ | 【2010-02-04(木) 23:08】 | Comments:(8)
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3週間前の今日でした 【2010-02-05(金) 21:18】
今日は、元看護師のKさんが来てくださいました。
妻が姉のように慕っていた人です。
(じつは、そういう方は、たくさんいます。妻は、いろんな方と姉妹のような関係になってしまう傾向がありました。よく言えば、すぐ人を好きになる。わるく言えば、ちょっとナレナレしい?)

Kさんは、リハビリをやりやすくするために、今のうちからやっておくべきマッサージ法などを教えてくださいました。
それと、着替えやタオル類のたたみ方、ロッカーの使い方なども。
病院のことなど何も知らない私には、とてもありがたかったです。

昨日から個室で落ち着いたせいか、あるいは音楽の効果か、あるいは皆さんの祈りが届いたのか、今日の妻は、今にも話し出しそうな感じで、口を動かしていました。
半開きの目の動きも、頻繁になってきています。
少しずつだけど、確実に良くなっていると感じています。

  * * *

3週間前の今日、金曜日。
朝、3人の子どもたちを中学、高校に送り出した後、夫婦とラッキー(イヌ)で、ゆっくりと朝ごはんを食べました。

「今日も良い天気ね」
「そうだね」

いつもの平穏な1日が始まろうとしていました。

10時ごろ。
私がパソコンに向かって仕事をしていると、妻はいつものようにコーヒーの豆挽きをもってきて、「ゴリゴリして」と。
古い手動タイプで、それなりに力がいるため、豆挽きはいつも私の役目でした。

漂うコーヒーの香り。
気持ちよさそうに毛布に横たわるラッキー。
ずうっと続いてきた当たり前の光景。

(今から思えば、なんて贅沢で幸せな時間だったんだろうと思う・・・)

「仕事は忙しいの?」
「まあまあってとこ」
「あとでお買い物いっしょに行ってほしいんだけど」
「いいよ」

肉や魚や野菜・・・品質や値段をコマメにチェックしていて、それぞれ買う店や曜日が違っていました。

「夕食は何がいい?」
「なんでもいいよ」

いつも答えは同じ。
なのに、妻は必ず聞いてきました。

その前の日と、その前の前の日と、同じような1日。
そしてそれは、明日も同じように続くと、私も、きっと妻も、そう信じていました。

11時ごろ。
私は、ラッキーをさんぽに連れ出しました。
いつものコースをまわって30分ぐらいで帰宅。

「ただいま!」

「お帰り、ラッキー!」

「はいオミヤゲ」とウンチの入った袋を渡すと、

「おお、今日もいっぱいしたねえ、いい子いい子」と、頬をすり寄せる妻。

12時ちょっと前。
「お風呂掃除するから、電話来たらお願いね」と言って、妻は浴室に。

私は、パソコンに向かい仕事を続けました。
ラッキーは、私のイスの横で、のんびりとひなたぼっこ。

100205a.jpg

「今日はあったかいね、ラッキー。夕方、またさんぽ行こうね」

100205b.jpg

それから20分ぐらいしたら、「パパ・・・パパ・・・」と、いつになく妻の細く弱々しい声が浴室のほうから聞こえてきました。

この後のことは、1月23日の記事に書いたとおりです。

発病~急性期 | 【2010-02-05(金) 21:18】 | Comments:(0)
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ピンクのパジャマ 【2010-02-06(土) 21:50】
妻が倒れてから23日。意識不明になってから22日が経ちました。

今日は夕方、母と一緒に会って来ました。
妻は、私が先日スーパーで買ってきたパジャマに着替えていました。

100206.jpg

いつも2人で買い物をしていたスーパー。
私は、ひたすらカート押しと、荷物持ち専門でした。
「このおサカナ、どう?」とか、「今夜はスパゲッティでもいい?」とか、何を聞かれても、「いいよ」と答えるだけ。

私の着る物でさえほとんど妻が選んでいたので、こうして妻のものを私一人で買うというのは、初めてのこと。
婦人服売り場で、ちょっと恥ずかしかったけれど、安いのと、ちょっと高めのと、ピンクのパジャマを2セット選びました。
妻はとにかくピンクが好きで、我が家は子どもたちも、イヌも、全員♂だけど、トイレや風呂のマットなど、ほぼピンク系で占められています。

今日も妻は目をうっすらと開け、瞬きをしたり、口をしきりに動かしていました。1日ごとに反応が良くなっている気がします。

 まっすぐに向かい合うと、じーっと見つめられている感じになる。
  まるで幼子のよう。
  あれ・・・抱っこしてほしいときのラッキーの目に似ている・・・。
  心からいとおしいと思った。

  * * *

妻は「1日でもいいから、パパよりも長く生きさせてって、カミサマにお願いしてるの。だって私が先に死んだら、パパがかわいそうだから」と、言ってました。

じっさい、世の多くの夫たちと同じように、妻がいなくなったら私は生きていけないと思っていました。

しかし、いまこうなって振り返ってみると、それは妻の心までも私から離れた場合のこと。
お互いの愛情関係が変わらず、しかも妻はちゃんと生きているのだから、物理的にはいろいろとタイヘンだけど、精神的にはそれほど問題ではないと感じています。

日々感じる幸福感は、妻が元気な頃とそれほど変わっていない・・・どころか、むしろ深くなっているような気さえするのです。

命を奪われるよりも、夫婦の絆が絶たれるほうが、はるかにつらいということを実感しています。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-02-06(土) 21:50】 | Comments:(4)
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ラッキーへの思い 【2010-02-07(日) 17:54】
妻が倒れてから24日、意識不明になって23日目。
瞬きをしたり目も動くけれど、一点を見つめているだけでまだ何かを見ているという感じではありません。

今日は日曜日。少しゆっくりと話をしてきました。
子どもたちのことは、もう何度も話したので、今日の話題はラッキーのこと。
母親不在のなか、家の中を無邪気に走り回り、子どもたちの心を癒してくれています。
妻恋しい夫とも、毎晩添い寝をしてくれています。

ラッキーは保健所で殺処分の1歩手前でボランティア団体によって救出されたMix犬。
昨年の3月に私たちの家族になりました。

SANY1271.jpg

生まれてから1歳になるころまで、狭い部屋に15頭一緒に閉じ込められ、ほとんどかまってもらうこともなく育ったようです。
皮肉にも、最初の外出が保健所に行く時でした。
そのせいか、異常なほど孤独を恐怖します。
ウチに来たばかりのころは、たった1分も一人にできなかった。
最近になってようやく30分くらいの留守番ができるようになりました。

ラッキーと里ママ

お昼寝はいつも一緒。夜も、妻の布団の中にもぐりこんでいました。
そんなラッキーを抱きしめながら、妻は「この子はホントに自分が産んだような気がするの」と言ってたっけ。
ラッキーは妻が付けた名前。「こんな可愛い子と家族になれるのは、とってもラッキー」という意味でした。

庭1

妻が大好きな庭いじりも、手伝って(ジャマ?)くれます。

090808b.jpg

熱海の友人宅にも一緒に行きました。
初めての海を怖がってばかりのラッキー。

090808d.jpg

心から可愛がると、すべてを投げ出して、まっすぐに、赤ちゃんのように甘えてきます。
「失われた乳幼児期を、今からもう一度、体験させてあげたい」――そういって妻は、ラッキーを深く深く可愛がっていました。

こういう犬たちを保護できるような施設を作りたい――それが私たち夫婦の夢でした。

ラッキーも、ママが帰ってくるのを信じて待っています。

→ ビビリッ子・ラッキー里親日記 (夫婦で運営していたブログです)

ラッキーのこと | 【2010-02-07(日) 17:54】 | Comments:(0)
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長男と二男の面会 【2010-02-08(月) 23:12】
妻が倒れてから25日、意識不明になって24日目。

今日は仕事が忙しく、夜9時過ぎにほんの20分ぐらい会えただけでした。

いつも一緒に、一番近くにいた人が、今は手の届かない、どこか遠い所に行ってしまったような寂しい錯覚。

実際は目の前で寝ているのに、手を伸ばせば触れるのに、もう少ししたらちゃんと目を覚まして話もできるようになるはずなのに、私と妻との間にある、このどうしようもない距離感はいったい何なんだろう・・・。

少し疲れ気味なせいか、今日はなんとなく感傷的になってしまいそうなので、昨日の夜、長男と二男と病院に行った時のことを書いてみよう。

いつもは受験勉強で帰りが遅い長男が、昨夜は珍しく早く帰ってきて、久しぶりに母さんに会いたいと言うので、二男も連れて、夜9時過ぎに面会に行きました。

すると急に瞬きをしたり、口をパクパクさせたり、首を動かしたりというような反応がいつも以上にありました。

長男は、「これはゼッタイ通じている。まだはっきりとは分からなくても、オレたちが来ていることは、母さん、ちゃんと感じてるよ。なんでか分からないけど、母さんを見るたびに希望しか感じられないんだよな。たまたま良い時に来ているのかもしれないけどね。」と、喜んでいました。

二男は、いつものように何も話さず、じっと母の顔を見ているだけなので、長男が、「お前なあ、なんか話してみろよ」と言うと、

二男「ココロが通じてるから」

長男「ココロもいいけど、今は脳を刺激するべきじゃないの。とにかく何でもいいから話しかけたら」

二男「・・・hello」

長男「はあ? なんでhelloなんだよ。しかも発音ワルイし」

二男「だって、何でもいいって言ったじゃん」

――妻が起きていたら、二人の会話があまりにいつも通りなので、爆笑するところです。

子どもたち | 【2010-02-08(月) 23:12】 | Comments:(8)
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3男の涙 【2010-02-09(火) 23:04】
妻が倒れてから26日、意識不明になって25日目。

昨日は行けなかった3男と一緒に、夜、病院に行きました。

3男はいま反抗期の真っ只中で、なにかと母子間でぶつかることが多くありました。
反抗しては甘えて、叱られて、また反抗して、甘えて・・・の繰り返し。

妻が倒れた日の朝は仲直りしてから学校に行ったのでまだ良かったけれど、それでも、「こんなことになるなら、もっと仲良くしておけば良かった。ほんとは大好きなのに・・・」と後悔しきりです。

いつもは上の2人と対等な立場に立とうとしてか、ちょっとナマイキ気味の3男だけど、さすがに、管につながれ意識のない母の姿を、なかなか直視することはできない感じでした。

強がってはいても、まだまだ母に甘えたい13歳。かわいそうに。

今日は、埼玉のT夫妻と、川崎のKさんが面会のあと、我が家にも寄ってくださいました。

「こんなに多くの方が、あなたの回復を祈ってくださっていたんだよ」と、早く妻に伝えて感動させてやりたい気持ちでいっぱいです。

子どもたち | 【2010-02-09(火) 23:04】 | Comments:(11)
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ココロに届く言葉 【2010-02-10(水) 23:00】
妻が倒れてから27日、意識不明になって26日目。

今夜は、先日新しく買った別のほうのパジャマを着ていました。
妻が好きだったピンク系の花柄。
入院のとき、病院スタッフに言われるまま院内の売店で買った、味もそっけもない浴衣は3500円もしたけれど、このパジャマはその半額以下。
いつも妻についてカートを押しをしていたディスカウントストアで見つけた物です。

100210.jpg

乾燥のせいか少しカサついている感じはあるけれど、手も、顔も、元気だった頃のままだった。

左目のほうは、ほぼ普通に開いているので、ただ眠っているだけというのではないんだろうけれど、意識不明というのは、いったいどういう状態なんだろうと、思う。

顕在意識が活動を止めて、潜在意識がむき出しの状態で開かれているのだとすれば、今のうちにいろんなことを刷り込んでおこうかな、なんて思ったり。

妻に顔を近づけて、今までのことを感謝したり、謝まったり、思い出話をしたり、愛の告白をしたり・・・今夜は久しぶりに私一人だったので、ゆっくりといろんな話をしました。
「今までほんとに幸せだったね、楽しかったね」と。
「でも、これからはもっと幸せになるよ」と。

何を言っても、妻はじっとまっすぐにこちらを見据えたまま。
だからこそ、かえって、ひと言ひと言が、そのままココロの中に入って行っているような気がしました。
言葉が、そのまま妻のココロに届いているような感じがあったのです。

12日(金曜日)には、またMRI検査をする予定です。
見た目的にはかなり落ち着いてきているのと、血圧やいろんな数値もほぼ正常値レベルなので、きっと良い結果が出ると信じています。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-02-10(水) 23:00】 | Comments:(2)
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長男の受験票 【2010-02-11(木) 17:54】
妻が倒れてから28日、意識不明になって27日目。

今朝、長男の2次試験の受験票が届いたので、見せてきました。

この1年間、長男の大学受験は、妻にとって大きな課題であり、目標であり、希望でした。
夜遅くまで学校に残り勉強を続ける長男のために、毎朝、早く起きて、弁当を作り続けてきました。

その本番、センター試験の前日に、妻は倒れたのでした。
翌朝、生死をかけた手術の真っ只中に試験会場に向かった長男。
(その時の状況は1月19日の日記にも書きました)

1年間、塾にも行かず(行けず)に、ひたすらがんばって来た成果が試される時なのに・・・精神的動揺は大きかったと思います。
それでも、なんとか2日間のテストを乗り切り、自己採点ではかなり良い感じだったということを聞いていたので、それほど心配はしていなかったけれど、実際に受験票を手にして2次試験への挑戦権を獲得したということがはっきりしたので、一安心です。

100211.jpg


妻も、きっと喜んでいるはず。目をパチパチしていました。

治療費や家計費が増えることを考えてか、お金のかかる私立併願を止め、自ら第一志望1本に絞ることを決意した長男。

母は未だ深い眠りの中だけど、25日、26日の2次試験に向けて今、最後の追い込みに入っています。

子どもたち | 【2010-02-11(木) 17:54】 | Comments:(8)
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ベッドに寝たままさすらいの旅? 【2010-02-12(金) 21:37】
妻が倒れてから29日、意識不明になって28日目。

今日はまた6人部屋に引越しました。
個室管理が必要な感染症の患者さんが出たらしく、危険度の低い妻は、またさすらいの旅・・・。
なんだか、ベッドに寝たまま、意識もなく、あっちこっち動いているという、不思議な状態です。
ま、いっか、旅が好きだったし・・・。

看護師さんは、「耳は聞こえていると思いますから、誰もいない個室より、他の人の話し声が聞こえる大部屋のほうが、刺激があっていいかもしれませんね」と言ってはくれるけど、やっぱりカーテンで仕切られているだけなので、話しかけるときも何かと気を使うし、音楽もあまり大きくかけられないし・・・。

でも、まあ重体で動かせないほどではないということだから、これも良しとしよう。
目や口の動きも、よりいっそう出てきている感じだし。
それに差額ベッド代もかからないのは大助かり。

向かい側のベッドには、同じくらいの年齢の女性が、やはり意識を失って寝ていました。
ベッドの横にはおそらく兄妹でしょう、高校生ぐらいの男女が付き添っていました。

(だいじょうぶ。きっと良くなるよ。一緒にがんばろう)と、心のなかで声をかけた。
同じ境遇にいると、不思議な連帯感のようなものが生まれる。
小さな子どもを抱きかかえたお母さん、夫の車椅子を押す奥さん・・・病院では、いろんな病状の人とすれ違うけれど、みんな元気になって早く普通の生活に戻ろうね、なんて思ったりします。

今日はMRI検査があったはずだけど、医師の報告はまた後ほどということみたいです。

安定期/リハビリ | 【2010-02-12(金) 21:37】 | Comments:(6)
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妻が倒れてから30日 【2010-02-13(土) 22:01】
妻が倒れてから30日、意識不明になって29日目。

夜、母と一緒に病院へ。
私たちが行った時はスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている様子だったけれど、暖かいオシボリで顔を拭いてあげると、目を開いて、驚いたようにパチパチしてた。

 起こしてしまったかな…ゴメンね。

明日はバレンタインデー。
私は、そういうのにのせられるのはあまり好きじゃないので、いつも決まってゼッタイいらないと言ってたけれど、子どもたちのを買うついでだからと言って、毎年かならず小さなチョコをくれたっけ。

母は、ずっとそのことを考えていたのか、せめて子どもたちにチョコを買ってやりたいというので、病院の帰りにスーパーでお買い物。おかげで今年は、ぐっとグレードの高いものになりました。

いつも夫婦で買い物をしたディスカウントスーパーは、今夜もあのときと同じように、賑わっていた。

また一緒に買い物ができるようになるのはいつ頃だろう。

母との買い物も、なかなか趣があって良かったけれど。

安定期/リハビリ | 【2010-02-13(土) 22:01】 | Comments:(8)
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いつも一緒だった朝市 【2010-02-14(日) 19:51】
妻が倒れてから31日、意識不明になって30日目。

容態は変わらず。悪くなっていないだけ、良しとしないと。

6人部屋に5人。
不思議なことに、そのうちの3人が「あやさん」というお名前だった。

じつは妻は「あやさん」という人にあこがれていた。
あやさんは、私が昨年仕事で知り合った人。
妻はまだ電話でしか話したことがなかったけれど、「これからの自分の人生で、大きな意味をもつ人になると思う」と、会える日を心待ちにしていた。

同じ病室のうち、妻以外の4人のうち3人が「あやさん」。
縁というのは不思議なものです。これも単なる偶然なんだろうか。

  * * *

日曜日の朝は、駅前のスーパーの「朝市」に買い出しに行くのが妻の日課だった。
駅前にあるせいか駐車場がないので、妻を降ろした後、私は少し離れたドラッグストアに車を停めて、約30分間、ラッキー(イヌ)の散歩をした後に、また迎えに行くというのが、いつものパターンだった。

今日、その「朝市」に一人で行ってみた。たしかにかなり安い気がする。
牛肉78円/100g、豚肉58円/100g。妻はいつも大量に買い込んで、冷凍保存していた。
少しでも安く買うということに対して、並々ならぬ意気込みを持っていて、よく私に「これ、いくらだったと思う? グラム50円だよ」とか、自慢げに話した。

「こんなに買って、いったい誰が食べるの?」と驚く私に、
「おたくの子どもたちよ。このぐらい、あっという間に食べてしまうんだから」と応える妻。

いつも「母さんが作る料理が一番おいしい」と言っていた子どもたちは、今は、「おばあちゃんの作る料理は、母さんと同じくらいおいしい」と言いながら、母親が入院中であろうが、食欲はまったく変わらない感じです。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-02-14(日) 19:51】 | Comments:(1)
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1ヵ月が経ちました 【2010-02-15(月) 20:26】
先月の今日、妻が倒れました。まる1ヵ月になります。
いまだ意識のないまま、いったいどんな夢を見ているのだろう。

正月、近所の神社に歩いて初詣に行ったとき、妻は「今年はきっと良い1年になるね」と話していた。

宝くじを買うたびに「今度は、どうしても当たる気がするの」と言うほど、楽天的というか、プラス思考というか、思い込みが激しいというか・・・。
「宝くじが当たって人生がおかしくなる人がいるけど、私たちはゼッタイそんなことないよね、だいじょうぶだよね」なんて、当たったときのことをホンキで心配している様子がとても面白かった。

「宝くじが当たるより、交通事故で死ぬ確率のほうがよっぽど高いような気がするけど…」などというヤボな突っ込みは当然、完全無視だった。

「今年はきっと良い1年になるね」――これだって毎年、同じことを言うんだけれど、今年だけはなぜか確信をもって言うので、ほんとにそんな気がしたんだよなあ。

その2週間後、妻は倒れて意識を失ってしまった。

あの雲ひとつない明るい笑い声が聞けないのは寂しいけれど、でも、家族の絆が強まり、人の哀しみや優しさを感じ、希望を持ち続けることができているのは、とっても運が良いことであるに違いない――いまはそう思っています。

今年の年賀状にも書いた言葉。

   経営の神様・松下幸之助翁曰く、
   「運の良い人とは、自分は運が良いと思っている人」だそうです。

どんなことがあっても、ココロの持ち方次第で、今年をほんとに良い1年にすることができると信じています。

我が家には名前からして、運がいいラッキーがいるんだし。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-02-15(月) 20:26】 | Comments:(10)
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「人間ってすごいね」 【2010-02-16(火) 23:39】
妻が倒れてから33日、意識不明になって32日目。

長男はこのブログに寄せられたコメントをじっと見て、「人間ってすごいね」とつぶやいた。
そして、「おれたち、幸せだね…」と。
「なんでこんな状況なのに幸せなんだろう」って。

この子は、たしかに妻の子だと思った。
こういうときに、同じように感じ、同じように発想する。

大学のセンター試験から2次試験までの大切な40日間、母親が意識不明で長期入院という状況にありながら、むしろより一層、家族の間に流れる愛情や絆を感じ、母の愛と守りを感じ、多くの人との連帯を感じ、そこに幸せのイメージを膨らませている。

「父さんは、強くなったね」

「そうかなあ…。父さんは母さんが支えてくれるから強くなれた。今も、ちゃんと支えられているから強いんだと思うよ。倒れた直後は、少し折れそうになったけどね」

「母さんは、ほんとに幸せだったよね。これからも、もっと幸せになると思うけど」

「奥さんを幸せにできなければ、どんなに出世しても、男としては失格だと思うね」

「その説教、もう、何度も聞いたよ」

子どもたちは、この期間、それぞれの立場からいろんなことを経験し、味わい、学び、成長しているんだと思う。

命懸けの闘いをしているんだから、しっかり元を取らないとねと、妻に話しました。

子どもたち | 【2010-02-16(火) 23:39】 | Comments:(2)
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3男の夢に現れた妻 【2010-02-17(水) 22:27】
妻が倒れてから34日、意識不明になって33日目。

今朝、3男が朝食の時間になってもなかなか起きて来ようとしないので、兄たちに聞いたら、「あいつ、母さんの夢を見たって言って、泣いてるみたいだった」ということ。

母親が入院してからもう1ヵ月以上になる。
さすがに寂しさが込み上げてきたんだね。でも、しばらくしたら、なんとか起きてくるだろうとほうっておいたら、登校ギリギリの時刻になっても、動くようすがない。

子ども部屋に見に行ったら、3男は枕を抱いて泣いていた。

「どうした?」

「母さんが…」

「母さんが、どうした?」

「母さんが、夢に出てきた。元気なままの母さんだったんだよ。普通の母さんだった」――泣きじゃくりながら、夢に見た母の姿を思い出そうとしている。「こんなことになるんなら、もっと手伝うんだった…」

かわいそうに。慰めてやらなければ――そう思ったけれど、私は全く逆の行動に出てしまった。

「今さらそんなことを言っても仕方ないだろ。だったら、今それをやれよ! 今、母さんが望んでいることを、しっかりやれよ!」
――かなり強い口調だったと思う。

私自身、いっぱいいっぱいの状態だったせいか、いろんな思いがあふれ出して、過剰に語気が荒くなってしまった。
「つらいのは、君だけじゃないだろ。兄さんたちだって、父さんだって、必死でがんばってるんだから」

「そんなことは分かってるよ。オレだって一生懸命明るくしようとしてるもん。学校でも普通にしてるし。でも、ふっと悲しくなってしまうんだよ…」

「学校はどうするんだ? 行かないの? 行かないんなら、自分で電話して、自分で責任とりなさい。分かった?」

「行くよ。だからもうちょっと待って」

――結局、1時間ぐらい遅れて、3男は学校に行った。

長男は、3男と私のことを心配して、今日は外出をせずに自宅で受験勉強をしてくれた。
3男が学校に行く前に、それなりにフォローしてくれたようだ。

  * * *

夕方、3男の帰宅を待って、一緒に病院に。
「今日はあいつも一緒に連れてったほうがいいと思う」という長男の提案だった。

まだ眠り続ける母を前に、はじめ3男の表情は硬く、何も話すことができなかった。

「ほら、ただ寝ているだけで、いつもの母さんと同じだ。手も暖かい。ちゃんと生きてる。家族がしっかりしてれば、必ず帰って来るから。それまで君はどうしているのか、母さんを待っている間、どうしているのか、話して聞かせたら安心すると思うよ。こちらが話すことは、きっと通じているんだから」

――それからしばらく、彼は母の耳元で何かを話し続けていた。

そのとき、また神奈川からKさんが面会に来てくれた。
ほんとに、どうしてこんなにいつも会えるんだろう。
もしかしたら、いつもいつも来てくださっているのかもしれない。
面会時間はほんの短い間なのに、往復3時間以上もかけて。
妻は、まだあまり反応できないのに。

病院からの帰り、車で駅までお送りする途中、母から頼まれた買い物があったのでディスカウントスーパーに立ち寄った。
そこで3男はシュークリームをカゴに入れようとするので、「ジバラだよ」と言うと、どうしようか悩んでいるようす。

いろいろ買い物を終えてレジに並ぶと、すでにKさんがシュークリームを精算しているところだった。ああ、また、よけいなお金を使わせてしまった。

だけど、そのおかげで3男はすっかり元気になった。
こんなふうにいつも我が家族は、たくさんのたくさんの人に助けられてきたのでした。

子どもたち | 【2010-02-17(水) 22:27】 | Comments:(10)
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家族の支え 【2010-02-18(木) 22:27】
妻が倒れてから35日、意識不明になって34日目。
今日は、珍しく昼のうちに病院に行きました。

朝方まで降っていた雪もやみ、ポカポカと暖かくとっても良い天気。
こんな日は、いつもラッキーを連れて一緒に近所を散歩したのに。

明るい空の下、それでも妻はあいかわらずスヤスヤと眠り続ける。
目の前にいるのに、手を伸ばせば暖かな肌にさわれるのに、きっと言葉も届いているのに、どうしても、そこにはいないと感じてしまう。
毎日こうして会っているのに、もうずいぶん会っていないような気がしてしかたがない。

結婚して20年。朝も昼も夜も、ほとんどいつも一緒だった。
こんなに離れて暮らしたのは、初めてのこと。

ペアのコーヒーカップや、キレイにたたんだバスタオルや、出窓に並んだ鉢植や、買い置きしてあった調味料や、化粧品や、歯ブラシや・・・家の中のいろいろなものが妻につながっていて、ふとしたキッカケでそこから想い出の数々が流れ込んでくる。
それは、ほんの1ヵ月ちょっと前のことなのに、もうすっかり手が届かない懐かしい色になっていて、私の胸を息苦しくさせる。

冷凍庫に残っていた妻の手作りのハンバーグ。
昨夜、母はそれを普通に焼いて、子どもたちはそれを普通に食べていたけれど、私は、これが最後の手作り料理になったらどうしようという思いが込み上げて、なかなか飲み込むことができなかった。

きっと帰ってくる。
そう信じているし、子どもたちにもそう言い聞かせている。
それでも、どうしてもマイナスの思いが出てきてしまう。

どうも今日は、少し気持ちが哀しさや寂しさのほうに傾いている。
病院で、同室の患者さんの「ここから出して。家に帰りたい」と訴える声を聞いたからかもしれない。
目覚めたとき、妻が感じるであろう、苦しみや絶望や屈辱を、どうしてもどうしても想像してしまう。
妻の耳元で、「早く帰ろう。ここは私たちのウチじゃないよ。早くウチに帰って、また普通に暮らそう」――同じことを何度も何度も語りかけた。

「こんなにも人を愛せるなんて」――いつも妻はそう言っていた。
その気持ちは、私にもよく分かった。なぜなら、私も同じだったから。
今はより一層それを強く感じている。
その妻への愛が、強さや希望よりも、なぜか今日は寂しさや哀しさにつながってしまう。

ああ、妻と子どもたちを守り、支える私が、こんな状態ではいけない。しっかりしないと。
昨日は泣いていた3男も、なんとか元気を取り戻し、今日も普通に学校に行った。

2男は、兄弟のなかでは一番優しい性格だから、寂しがる弟のために、受験の最終段階に入った兄のために、そして父のために、いつもどおりマイペースを装っている。
「母さんとはココロがつながっているから、だいじょうぶ」と言って笑った。

長男は、とにかく現実をポジティブに受け止めようと、ひたすら明るく、希望を振りまいている。
自分自身は受験で追い込まれているはずなのに・・・。

臨時に家事を手伝ってくれている母は、何があっても、たんたんと家事をこなしてくれる。もっともっと深い谷、険しい山を越えてきた人だ。

ラッキーは、どんなに私の不安な気持ちを吹きかけても、大好きなオヤツをもらったり、散歩に連れ出すと、コンマ0秒で、はしゃぎ出してくれる。

みんなほんとうにありがとう。
ケータイの待ちうけ画面を、妻の写真に替えたら少し元気になった。
妻が帰ってきたら、またラッキーの写真に戻そうと思う。

庭に積もった雪は、もうすっかりとけました。
春はもうすぐですね。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-02-18(木) 22:27】 | Comments:(9)
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ラッキーと散歩しながら話したこと 【2010-02-19(金) 20:50】
妻が倒れてから36日、意識不明になって35日目。

今日も妻は、ぐっすり眠ったまま。
苦しみや痛みを感じないのであれば、本人にとっては、それはそれできっと良いことなんだと思いたい。

朝、自宅で勉強と決めた長男と一緒に、テレビでオリンピック中継(カーリング・中国戦)を見た。
一生懸命に闘う姿には、素直に心が打たれる。

一投、一投、見るほうも力が入るけれど、ふと「こんなこと、何の意味があるの」という思いが出てきてしまう。
ここで勝ったからといって妻の状態がよくなるわけじゃないし、たとえ日本が金メダルを100個取ったって、それが我が家とどんな関係があるんだろうと。

「母さんがいないと、いろんなことに意味を感じなくなってしまう気がする。世界そのものが意味を失ってしまうというかさ・・・」とつぶやく私に、長男は、

「そんなこと言わないでよ。じゃあオレたちは何なの? 意味がないの?」と。

「ああそうだった、君たちがいる。だから、なんとかがんばれるんだよ」

「父さんと母さんはほんとに仲が良かったから、喪失感は大きいとは思うけど、でも、いなくなったわけじゃないでしょ」

「たしかにそうだったね。きっと帰って来るんだった・・・」

「だから、はじめっから、そう言ってんじゃん。勉強のジャマだからさあ、もう勝手に落ち込まないでよ。一応オレ受験生なんだけど」

「君は大丈夫だ。何も心配してない。ちゃんと合格できる能力をご先祖様から授かっている。そう思わない?」

「・・・・・おもう・・・」

夜、ラッキーと散歩しながら、ぶつぶつ独り言のように話したこと。
「生きていれば、なんとかなる。そのうちきっと良いことが起こる。愛があればなんとでもなる。明けない夜はないんだ。君だって、殺される直前で救われたんだからね、ラッキー」

1ヵ月ちょっと前までは、毎日、妻とラッキーと一緒に散歩したコースだ。
いつかまた一緒に散歩できる日が来ると信じています。

チーム青森は、ギリギリのところで負けてしまったけれど、明日、また新たな闘いがある。
がんばれ日本!

子どもたち | 【2010-02-19(金) 20:50】 | Comments:(5)
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気長に待ちます 【2010-02-20(土) 22:38】
妻が倒れてから37日、意識不明になって36日目。

今日は新潟から妻の実家の両親と弟夫婦が来てくれた。
言葉に反応してかどうかは分からないけれど、少し体を反らしたり、首を動かしたりしてくれたので、手術直後に見たときよりは、ずっと良くなっているという印象をもっていただけたと思う。

こんな状態ではあっても、やっぱり会えばみんな笑顔になれる。
みんな私と妻の結婚によって親戚になった人たち。
私たち夫婦は、それぞれ相手の親のことが大好きで、ずっと実の親と変わりなく慕ってきた。
今日も、畑で採れた白菜や、ヒジキを使った郷土料理や、お菓子などをどっさり頂いた。

義父母は、私の母に「ほんとに申し訳ありません」と、しきりに謝っていた。
自分の娘が倒れたせいで、私の母が迷惑していると思っているようす。
「もう私の妻になって20年ですよ」と笑ってごまかしたけれど、何歳になっても娘は娘なんだなあと、しみじみと感動してしまった。

夕方、私一人で病院に行くと、妻は眼を閉じて寝ている感じだった。
ここ2、3日は、あまり眼を開かなくなって、私は少し寂しい思いをしていた。
それで、結婚前のデートのことや、一緒に生活を始めた頃のこと、3日間もかかった長男の出産のときのことなど、あれこれ思い出話をしていたら、また目がうっすらと開き始めて、口も動き出した。

「いろいろ部屋の整理をしているとき、つい昔の写真に見入ってしまったんだけど、どの一年、どの一月をとっても、私たちはなんて幸せだったんだろうって感じたよ。子どもたちが『父さんと母さんは、すごく幸せだったと思う』と言ってたけど、ほんとにそうだよね。あなたは、何が一番楽しかった? 私はねえ…」

――なんて、楽しくて、懐かしくて、いつまでたっても話が尽きそうにない。
何か言葉が返ってきたわけではないし、表情が変化したわけでもないけれど、ふしぎと会話をしているように感じた。
何年も何年も語り合ってきたときと同じような懐かしさがあった。きっと通じている。
こんどまた個室にして、泊り込みで話してみようかと思った。

一度目が開きながらも、なかなか意識が戻らないことに、少し焦りや不安のようなものが出てきていたけれど、今日はなんだか吹っ切れた気がする。

とにかく、信じて、ゆっくり構えて、気長に待とう――そう思えました。
それが3ヵ月でも、1年でも、10年でも、とにかく待っている間は希望があるんだし。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-02-20(土) 22:38】 | Comments:(4)
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初めての爪切り 【2010-02-21(日) 22:27】
  ちょっとブログのレイアウトを変えてみました。
  とくに意味はないんですけど、なんとなく気分転換したくて。

  * * *

妻が倒れてから38日、意識不明になって37日目。

昨日、病院に行った時、ふと妻の指先を見ると、ずいぶん爪が伸びていることに気がついた。
そいえばもう1ヵ月以上も爪を切っていないことになる。

そこで今日は妻のために爪切り持参で。
妻の爪は小さく丸まっていて、どうも切りにくい。
深爪をしたり、間違って指を傷付けても、何も反応できないだろうから、慎重に慎重に、パチンパチンと。

思えば20年間も一緒に居て、爪を切ってあげたのは初めてのことだ。
この手で、夫を支え、3人の子どもを育ててきた。
今まで何度、家族のために米を研いだだろう。
何度、Yシャツやセーターを手洗いしただろう。
切られてはじける爪さえも、いとおしく思えてしまう。

爪切りは初めてだったけれど、髪を染める時はいつも手伝っていた。
ちょうど倒れる2~3日前に染めたばかり。
せっかくキレイに染め上がったのに、手術のために全部切られてしまった。
だけど、その髪もこの1ヵ月の間に、少しずつ伸びてきている。
元の長さまで伸びる頃には、妻はどんな状態で、どこに居るんだろう。

気管が狭いために口から吸入用の管は入っているけれど、妻は手術直後からずっと自発呼吸を続けている。
息を吸って、吐いて、ちゃんと生きようとしている。
爪も髪も普通に伸びている。
顔色も悪くないし、痩せこけた感じでもない。
ニコッと笑いさえすれば、ほとんど元のままの姿のように見えた。

帰りに、母から頼まれた買い物のために100円ショップに立ち寄る。
ついでに、その下の階にある食品スーパーに立ち寄ってみると、たまたま今日が閉店セールということで、棚の商品のほとんどがなくなり、残ったわずかなものも、半額以下の投売り状態だった。
近所に、ディスカウントショップができた頃から、妻もめったに行かなくなった店。
「ここ、そのうちにつぶれるかもね」と言ってたっけ。

みんな、タイヘンな時代に生きているんだなあと思いました。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-02-21(日) 22:27】 | Comments:(6)
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神は越えられない試練は与えない 【2010-02-22(月) 23:18】
妻が倒れてから39日、意識不明になって38日目。

また、目が少し開き始めてきています。
言葉による反応はないけれど、目の前に顔をもっていくと、不思議とじっと見つめ合うという状況になって、なんだかとてもいい雰囲気です。
こんなに顔を近づけて、長い時間じっと見つめ合うのは、新婚の頃はいざ知らず、そんなにあることではなかったから。

去年のテレビドラマに「仁」というのがありました。
現代の医師が幕末にタイムスリップして、坂本龍馬らと絡みながら活躍するという筋書き。
結構ヒットしたのでご覧になった方も多いと思います。
妻は、このドラマがお気に入りで、毎週、楽しみにしていました。

私は、仕事の流れがあってオンエア時には見られないことが多いので、テレビ番組は録画をしたものを見るというパターンがほとんど。
「先に見ててよ」と言っても、なぜかこのドラマだけは、「一緒に見ようよ」と言って、私の時間があくのを待っていた。
妻はボタンがいっぱい付いたリモコン操作があまり得意ではなく、CM飛ばしもあまりうまくなかったから、きっと「CMスキップ当番」を期待されているんだろうな・・・と私は思ってました。
結局、初回から最終回まで、録画したものを一緒に見ました。

初回かその次だったか、江戸時代にタイムスリップした主人公の仁(医師)が、開頭手術をするシーンがありました。
そのときは、まさか自分たちがその当事者になるなんて、想像もしていなかった・・・。

ドラマ自体は、結局、大切なことは何も分からないまま最終回も終わってしまい、どうも消化不良な感じだったけれど、毎回、繰り返されるテーマにとても印象に残る言葉がありました。
それは、「神は越えられない試練は与えない」というフレーズ。

ドラマの中では、しつこいぐらいに、しかもこじつけのように繰り返されるので、「なんだかなあ・・・」と、私はいつもちょっとひいた感じで呟いていたけれど、妻は目に涙を溜めて見ていることが多かった。

病院など、1年に1度も行かなかったのに、今は毎日、通うようになってしまいました。
日本の高度な医療技術には、とても助けられていると感じる反面、患者や家族に対する精神的なサポートは、まだまだ置き去りにされているような気がしてならない。

日本の「おもてなしの心」は、いま世界中から注目されています。
「思いやり」や「おもてなし」の心は、何百年、何千年もかけて私たちの祖先たちが築き上げてくれた民族の財産だと思う。それは世界に誇れる宝物。

だけど、病院のなかでは、その精神はほとんど生かされてないような気がしてならない。
ホテルやデパートのようにサービス業としての自覚を持つべきだとまでは思わないけれど、体や心が傷付いた人が集まる所なんだから、もう少し、「思いやり」や「おもてなし」の心があっても良いんじゃないかなあ、と思わされる日々です。
どうも、「先生」と呼ばれる人たちがいるところは、そういう傾向がなきにしもあらずか・・・

夫婦の時間/想い出 | 【2010-02-22(月) 23:18】 | Comments:(8)
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長男の言葉に反応? 【2010-02-23(火) 19:33】
妻が倒れてから40日、意識不明になって39日目。

春のような陽気の1日でした。

今日の昼、長男がランチに作ってくれたフレンチトースト。
100223.jpg

「どう、おいしい?」と長男。

「母さんのよりおいしいかも・・・」

「そうでしょ、そうでしょ」

「そりゃ、そうだろ。チーズがのって、バターもたっぷりだからな。母さんなら、こんなに豪華にしないもんね」

「まあね。たまにはいいじゃん。でもさ、オレ最近、家で勉強することが多いから、母さんがいたら喜んだろうね」

「そうだろうね。夕食の時、君がいないと寂しがってたから」

「父さんも寂しかった?」

「父さんは、母さんがいれば、それでOKな人だから」

「ほら、そこでさ、父さんも寂しかったよって言ってほしいんだよね。いまオレが家にいて父さんが喜んでるの、ちゃんと分かってるんだから」

  * * *

夕食の時は、久し振りに子どもたち3人が揃った。
そこで、二男がいつものように、問題を提起。

二「人間ってさ、善と悪が両方入っているよね」

長「いきなり、なんだよ、それ」

三「たしかに、T兄(長男)には、入ってると思う、アク・・・」

長「オレはね、悪意じゃなくて、オマエのためにいろいろ注意してやってんだよ」

父「ところでさ、じゃあ善と悪って、ナニ? どうやって善と悪を決めるの?」

長「ほらほら来たぞ、いつものツッコミ・・・。Y(二男)が責任取れよ」

――このあと、なんだかんだとギロンが続いたけれど、とっても長くなるので、またの機会に。

3人の男の子と父親が、夕食を食べながら、不思議な話を賑やかに語り合うのを見て、おばあちゃんは驚いていたけど、これはいつもの我が家の日常。

一番明るかった妻がいなくても、その光は、まだ家中に残っているような気がしました。

  * * *

夕食の後、大学の2次試験まであと2日となった長男が、「今日のうちに母さんに会っておきたい」というので、夜、一緒に病院に行った。

長男は、ほぼ1週間ぶりの再会。

「母さん、あさっての試験、がんばるからね。みんな支えてくれてるから、だいじょうぶだよ。目が覚める頃には、もう大学生かもね」

手を握りながら長男が語りかけると、なぜか息がしゃくりあげるような感じになった。

「あれ、母さん、泣いているよ」

「なんか息がヘンだね。しゃっくりかなあ」

「違うって。泣いてるんだよ。だって、オレが話し始めたらこうなったんだから」

しゃっくりのような呼吸は、5秒ぐらいの間隔で、しばらく続いていた。
一応、看護師に聞いてみたけれど、とくに異常な状態ではないということでひと安心。

帰りのエレベーターの中、長男は言った。
「あれは、しゃっくりじゃないよ。ちょうど泣いているような間隔だった。ちゃんと通じてるんだよ。母さん、また前進したね。オレもがんばろ」

長男の決意を聞きながら、妻は、どんな気持ちだったろう。
たしかにもし意識があったのなら、悔しさや、嬉しさや、感動や、感謝やらで、きっと号泣していたに違いない。

今ごろ長男は、弟たちに母のようすをレポートしているはず。

子どもたち | 【2010-02-23(火) 19:33】 | Comments:(6)
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愛や友情や信頼や優しさや感謝を 【2010-02-24(水) 22:42】
妻が倒れてから41日、意識不明になって40日目。

昼、病院から電話があって、また個室を勧められた。
このところなんとなく話を聞いているような感じだし、周りに気兼ねなく話が出来るから、差額ベッド代を覚悟しつつ、個室に移ることにした。

夕方、行ってみると、引っ越しの最中。
一通りの片づけが終わるのを待って、さっそくiPodのセッティングにとりかかった。

いつものサラ・ブライトマンを流して、顔を近づけ、「また、個室に来れたね。よかったよかった。明日はいよいよT(長男)の2次試験だよ」と話しかけたら、目を半分ほど開き、また昨日のようにしゃくりあげるような呼吸になった。

「ほんとだ、Tの言うとおり、あなたは泣いてるんだね。私の言うことが分かってるんだね。だいじょうぶ、泣かなくてもいいよ」と背中をさすった。
長男の大学受験を支えてやれないこと、妻はどんなに悔しい思いだろう。
「Tは今夜も来たいって言ってるから、また後で連れてくるよ。だから安心して」

個室は、やっぱりいい。ゆったりできるし、病院の中ではあるけれど、音楽や語りかけで、自分たちの空間を作ることができるような気がする。

そろそろ帰ろうとしていたら、神奈川のKさんが病室を訪ねてきた。
なぜいつもこうして会うことができるんだろう。ほんとに不思議で仕方がない。
遠い所を何度も足を運んでくださっていることは紛れもない事実。
その心に、私まで深く癒され、励まされてしまう。

「夜、また長男を連れて来るので、私は一旦帰ります。いつもありがとうございます」と言って、私は一時帰宅。
2次試験を控えた長男のために、もちろん二男と三男のためにも、母と一緒に夕食を準備し、みんなで食べ、長男を連れて病院に。その間、約100分。

病室に入ると、まだKさんがいた。
妻の手をさすりながら、ずっと話しかけていてくれたのだった。
Kさんも、妻が泣いているように感じていたようす。
合格したときのお祝いなど、ちょっと気の早い話をしながら、病室で幸せな時間を過ごした。

Kさんを駅で見送った後、長男は、「素晴らしい…」と言った。

ホンモノの愛や友情や信頼や優しさや感謝を、子どもたちはいま、手で触るように、感じている。

安定期/リハビリ | 【2010-02-24(水) 22:42】 | Comments:(2)
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気管切開について 【2010-02-25(木) 22:01】
妻が倒れてから42日、意識不明になって41日目。

夕方、担当医とのミーティング。
現在の状態は、悪くはなっていないが、良くなっているということもいえない。目は開きかけているけれど、それ以降は医学的にはあまり進展がないということらしい

でも、家族がじかに接して感じるのは、ゆっくりだけど、少しずつだけど、ノロノロだけど、良い方向に向かっているということだ。
医師が植物状態を宣告してからも、数週間、数ヶ月で目覚めたという話もあちこちで聞くし、希望を失わないでいたい。

今日のミーティングのメインは、気管切開についてだった。
妻はいま気管が狭くなっているため気管挿管によって呼吸をラクにしているけれど、これは感染症のリスクが高く、あまり長く続けることはできないらしい。実際、ここ数日はずっと38度前後の熱が続いている。

それを避けるためには、気管切開手術をするしかないということ。
喉(首)に穴を開けて、そこから管を通し、呼吸を確保するという方法だ。

これだと、痰が肺に入ってしまうことがないため、感染症のリスクが小さくなる。だけど、穴を塞ぐまではしばらくは声が出なくなってしまうという問題もある。
今はまだ意識がないけれど、戻ったときに、声まで出ないとなると、かわいそうでたまらない。

妻は、とても歌がうまかった。
あのキレイな声や、明るい笑い声が聞けなくなるのは、とってもつらい。
だけど、より安全を期すためには、どうしようもないのかもしれない。

子どもたちみんなに相談してみた。
母の体にまたメスを入れることに対して、子どもたちはみんな真剣に考えた末、やっぱりやってもらおうということになった。声が出なくても、母さんは母さんだと。

そんな話をした後でも、子どもたち3人は、普通にじゃれあって遊んでいる。高校生と中学生、みんな♂。しかも長男は、明日2次試験の2日目だ。
私の膝に頭を乗せて、英単語の勉強をしている。なんとかなるよ、と言って。

「ところで、君の試験は、なんとかなってるの?」

「まあね、明日の試験次第ってとこかな・・・」

よく聞き出すと、平均よりちょっといいかなというところらしい。ようするに当落線上にいるということか・・・。

長男の予言によれば、妻が目を覚ますのは、合格発表(3月10日)の直前。――ということは、もし落ちるとしたら、来年になってしまうということなの?

「オレを入れないようじゃ、あの大学も未来がないよね。そう思わない?」

 (なんだか、落ちた時の言い訳みたいな話だなあ・・・)

安定期/リハビリ | 【2010-02-25(木) 22:01】 | Comments:(8)
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40度の熱 【2010-02-26(金) 23:34】
妻が倒れてから43日、意識不明になって42日目。

昼過ぎ、銀行で月末の会社関係の支払いを済ませた後、そのまま病院に行った。こうした経理事務は、すべて妻が行っていた。
通帳にあるメモ書きや、キッチリとつけられた支払いノートなど、少ない収入を上手にヤリクリしていた様子がほほえましい。
妻のキレイな文字を見ていたら、なんだか急に会いたくなり、そのまま病院に直行ということに。

病室に入ると、妻はかなりつらそうな様子。どうも40度近い熱があるらしい。痰が絡んで、息も苦しそう。心拍数も150を越えている。
昨日の胸部レントゲンでは肺炎の兆候は見られなかったけれど、油断はできない。

看護師を呼ぶと、すぐに痰の吸引をしてくれた。
さらに解熱剤によって体温を下げたら、いつもの落ち着いた呼吸になり、ひと安心。
今日は早めに来て本当に良かったと思った。
こんな些細なことでも、「神は私たちと共におられる」と思えてしまう。

やはり、長期間の気管挿管は、感染症の危険が高まるので、怖い。
来週早々にでも、気管切開をしてもらうことになった。

妻の状態が落ち着いた頃、同じ埼玉のT夫人が病室に来てくれた。
入院直後のタイヘンなときに、うちに来て子どもたちの食事を作ってくれたりした人。
同じ埼玉のよしみで家族ぐるみでお付き合いさせていただいていた。
精神的にも、物理的にも、妻が(そして私も)頼りにしていた人。
妻の苦しそうな顔を見て、私までなぜか息苦しく、胸が詰まるような感じだったけれど、こうして話すだけでも心を落ち着けることができる。
今日も、子どもたちへのオミヤゲにと、帰り際わざわざドーナツを買ってくださった。

さて、今日は長男の二次試験2日目。
どうだった…と聞くと、「ドキドキしながら3月10日(合格発表)を待つのみ」と応えた。
そのココロは、ようするに、撃沈でもないけれど、楽勝でもないということらしい。

見た感じではやけに明るいので、これは大丈夫なんだろうと思いたいところだけど、もともとが明るくポジティブな子なので、見た目だけでうかつに信じることはできない。

「でもさあ、どうしたらオレみたいな良い子に育つの?」

それ、自分で言うか!? こんどじっくり教えてやります。

さっきまで長男と話し込んでいたので、今夜は更新が遅くなってしまった。

安定期/リハビリ | 【2010-02-26(金) 23:34】 | Comments:(4)
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夫婦の時間 【2010-02-27(土) 21:36】
夕方、私一人で病院に。
昨日は、高熱でつらそうだったので、病室に入るときは少し気が重かったけれど、実際に会ってみると、今日の妻は驚くほど穏やかだった。
熱も下がり、左の目は、薄目ではなく、半分以上も開いていた。
左目は光に対して瞳孔の反応が出てきているらしい。

目が開いていると、語りかけるときの気持ちがぜんぜん違ってくる。
私が話すひと言ひと言を、じっとこちらを見つめながら聞いてくれている(ように思える)からだ。

     *

あなたと結婚できて私がどんなに幸せだったか、あなたは分かってるよね。

たまにケンカをすることもあったから1日単位ではつらい日もあったかもしれないけれど、月単位、あるいは週単位で見ると、どの月も、どの週も、幸せいっぱいだった。

子どもたちも、いつの間にか驚くほどりっぱに成長している。

あなたの病気のことはもちろん、人生、やり直したいことはいっぱいあるけれど、あなたと結婚できるという保証がないのであれば、今の人生をそのまま受け入れようと思う。
ああ100回生まれ変わっても、1000回生まれ変わっても、あなたと出会い、共に生きたい。

なんでこんな状態でも、幸せなんだろう。
こんなことになったけれど、それでも私たちは幸せだね。

私たちのことを、心から応援してくれている人たちがいる。
私たちは、多くの人の愛と祈りにつつまれている。
子どもたちもそれを感じて、この世界に感謝している。

私たちは夫婦だ。
愛し合うことを祝福された夫婦。
他の、誰も立ち入ることのできない、本当の夫婦。
病気も死も、私たちを分かつことなどできない。

     *

病院の個室。薬品の臭いが漂うなかだけど、何か不思議な、聖なる空気が満ちているような、神秘的で濃密な時間。

体は今まだ病気に奪われているけれど、心は私の元にある――確かにそう思えた瞬間だった。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-02-27(土) 21:36】 | Comments:(0)
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悟りのまなざし 【2010-02-28(日) 23:40】
今日は船橋のGさんが来てくれた。
妻が倒れたその夜に来て、そのまま3日間ずっと一緒にいてくれた人。

妻の状態は、昨日と同じように穏やかで、私たちがいる間、ずっと目を開いていた。

100228.jpg

20年間、いっしょに暮らしてきた妻ではあるけれど、この悟りきったような目でじっと見つめられると、自分の穢れや虚飾が洗い流され、清められるような気がしてくる。
もしかしたら、覚醒していないのは、こちらのほうではないか…というような錯覚さえわいてくる。

そうでありながら、どことなく幼い子どもの目のようにかわいくもあり、いつまでもいつまでも見ていたくなってしまう。
というわけで、Gさんには先に我が家に行ってもらい、私は30分ぐらい延長して、ずっとラブラブな感じで見詰め合っていた。涙がこぼれたのは、何かを感じてくれたのだろうか。

     *

さてさて夜は、長男の受験お疲れ会ということで、母の招待で回転寿司に。家族同然のGさんも一緒。
いつもなら全皿100円均一の所だけど、今回はスポンサーのご好意により、大トロが500円以上もする、やや高級回転寿司だった。

久しぶりの外食に、子どもたちは大喜び。
家族が病気で寝ていようと、意識がまだ戻っていなくても、おいしいものはおいしいんだなあと、思った次第であります。

安定期/リハビリ | 【2010-02-28(日) 23:40】 | Comments:(4)
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