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ラッキーパパ

Author:ラッキーパパ
向日葵のように明るかった妻が突然倒れました。5人の子どもたち(T:18、Y:16、K:13、ラッキー:犬1…全員♂・年齢は当時 2016年より猫1が参加)と共になんとか生きています。詳しくは「はじめに」で。

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二男の優しさ 【2010-03-01(月) 23:21】
いつの間にか3月。
今日は、仕事のほうが忙しかったのと、私が歯医者さんに行ったりで、夜になってようやく病院に行くことができた。

病室に入った時は、目を閉じて寝ている感じだったけれど、体をさすり、手を握って、名前を呼び、話しかけたら、昨日と同じように目を開いてくれた。
さらに、ゆっくりと首を動かして、声のするほうに顔を向けようとしているようにも見えた。

今日1日の出来事や、子どもたちのことを話すと、目から涙がこぼれた。

昨日の朝、二男が、1時間もマッサージをしてくれたこと。
今朝も、学校に行く時間のギリギリまでやってくれたこと。
おばあちゃんが「もう止めていいよ」とストップをかけるくらい、ずっと私の疲れを癒してくれたこと。

――そんなことを、目と目を合わせて話した。

「あなたもいつもやってもらってだしょ。あの子のマッサージは、絶品だよね。フシギな力があるもんね。性格もフシギだけど・・・」と言ったら、何か言いたそうに妻の口が動いた。

二男と妻は、とても仲が良かった。
疲れたり、つらいことがあったりしても、彼と一緒にいるだけで、癒され、慰められ、心が軽く明るくなっていた。

二男の優しさは、家族みんなが認めるところ。いや、我が家を知っている人の多くがそう感じている。
おばあちゃんも、どうやら二男が好きらしい。
二男がラッキーを散歩させる時だけ一緒に行くし・・・。
二男の傍に座りたがるし・・・。
「あの子は、ほんとに優しいねえ」と、もう100回ぐらいは言った。

――そんなことを、今まで20年間ずっと語り合ってきたように、笑いながら話した。
そしたら、やっぱり口が動き、目を細めて、涙がこぼれる。

単なる偶然なのかもしれない。だけど、私にとっては、たしかな妻の反応に感じられた。
私の言葉は、必ず届いている――誰がなんと言おうと、そう思いたい。

家族5人、みんながお世話になってきた歯医者さんは、妻のことをとても心配して、「必ず歯を治しに来てくれるものと信じて待ってますから」と言ってくれた。

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子どもたち | 【2010-03-01(月) 23:21】 | Comments:(5)
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人を愛し、人に愛されて 【2010-03-02(火) 23:37】
今日もいろいろあって、病院に行ったのは夜。

「遅くなってゴメンね」というと、かすかに瞬きが増えたように見えたのは、気のせいだろうか。

たくさんの人が、妻のことを気に掛けてくださっている。

今日は、彼女の携帯やPCのアドレス帳から、親しくお付き合いをしていた人たちに、報告のメールを送った。

私にとってはかけがえのない妻だけど、それぞれの人にとっても、大切な友人であり、幼なじみであったり…。

いろいろ話を聞くにつけ、妻は、本当に人を愛し、人に愛されていたというのがよく分かる。

気管切開の手術はまだだった。明日あたり行われるのだろうと思う。

難しい手術ではないと聞いたけれど、それでも、やっぱりかわいそうで、たまらない。



安定期/リハビリ | 【2010-03-02(火) 23:37】 | Comments:(5)
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手を握り返してくれた! 【2010-03-03(水) 23:55】
今日も夜しか病院に行けなかった。

手の指が乾燥して、カサカサしてきたので、クリームを塗ってあげた。

指の1本1本、ていねいに、ていねいに。

爪がまた伸びてきたので、切った。

パチンパチンと、慎重に、慎重に。

関節が固まらないように、足の屈伸を、左右それぞれ10回ずつ。

背中と布団の間に手を入れて、マッサージ。痒いところに手が届くように。

1時間ぐらい、いろんな話をしながら、夫婦の時間を過ごした。

今日、妻の目は、半開き程度。昨日よりも少し光が弱い気がした。

眠かったのかもしれない。

帰り際、「じゃあ、帰るからね」と言っても、何も反応がない。

ゆっくりでいいから…と思っていても、いつも何かを期待してしまう。

今日は、なんとなく1歩後退したような気がして、家に着いたときは、少し気持ちが落ち込んでしまっていた。

私の様子をすぐに見抜いた長男は、「何も変わらないのは、とりあえず良いことだよ」と言って明るく笑った。

「そうだね」と応えつつ、やっぱり心が重い。

     *

――と、ここまで書いた頃、神奈川のKさんから電話。

「今日ね、Tさんと一緒に病院に行ったら、私の手を握り返して来たよ。」

「ええ!? ホントに? 私はさっきまで行ってたけど、あんまり反応がなくって、ちょっとガッカリしてたのに」

「ホントホント。ちゃんと握り返してくれた。スゴイねえ。大丈夫。だんだん良くなってる!」

その言葉に、私は胸がいっぱいになり、何も言葉が出なかった。

妻の反応と、KさんやTさんの心遣いに、涙が止まらなかった。

それにしても、夜に私が行ったときに反応しないのは、ちょっと寂しかったけれど…。 ま、いいか…。

何はともあれ、おかげさまで1歩前進です。 感謝! 感謝! 感謝!



<Tさんからのメール>

今朝、Kさんから電話があり、病院に行くので一緒に来ませんかとのこと。
5時を目当てにね、ということでしたので余裕で出かけたら4時半に着いてしまいました。

音楽のボリュームをあげて歌を歌いながら手足をマッサージしました。
左目は半分開いてずっと動いていましたし両方とも瞬きをしきりとしていました。
口は舌を動かして私が語りかけると反応していました。

Kさんが遅かったので2時間くらい居ました。
Kさんが代わって手をもんでいたら握り返したというのです。
それも強い力で。

私たちがあまり長く居ていろいろとおしゃべりしたので疲れてしまって
ご主人が来られたときは眠かったのではないでしょうか。

先週まではあまり反応が感じられなかったけれど、
瞬きもあるし口も動かしてくれるようになったので、
訪ねてくる甲斐がでてきたわねと、Kさんと話し合いました。

客観的にみて本当によくなっていると思いますよ。
あんなに反応するのですから。

安定期/リハビリ | 【2010-03-03(水) 23:55】 | Comments:(11)
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妻が倒れて得たもの 【2010-03-04(木) 22:07】
夜、病院に行くとノロウイルスが流行しているということで、手洗いを徹底するようにという通達。
新型インフルエンザよりも、感染力が強く、病院では厳戒態勢をしいているらしい。

病室に入った時、妻は両目を閉じてスヤスヤと寝ていた。
だけど、話しかけるとはっきりと左目を開いて起きてくれた。

私にはあまり分からなかったけれど、一緒にいた母は、手の指に少し力が入った気がすると言っていた。

どんなにゆっくりでも、どんなに小さな一歩でも、前進していることが感じられるだけで、今は希望が持てるようになった。

     *

昨日の夕食のとき、二男と三男と話したこと――。

三)母さん、いまごろどうしてるかなあ・・・。

父)キミとケンカしてる夢を見てるんじゃない? ・・・あ、ゴメン、キミと仲良く話している夢かもね。

三)それ言わないでよ。また思い出すから・・・。(もう泣きそう・・・)

父)母さんが倒れたのはつらいことだけどさ、それで分かったことや得たものもあるよね。キミたちは、どう?

三)やっぱり、母さんの大切さが分かったことだと思う。ゴハンを作ってくれたり、洗濯してくれたり…当たり前だと思って感謝も何もなかったけど、本当は、すごくありがたいことだって、分かった。

父)13歳でそれがほんとに分かったのなら、すごいことだと思うよ。ついでに父さんにも感謝しておくれ。(笑)

三)それから、いろんな人が助けてくれたこと。本当は寂しくて悲しくて、いつも泣きそうになったけど、みんながいてくれたから、学校も休まずに行けたと思う。クラスの友達も意外と励ましてくれるんだよね。そういう優しさを感じて嬉しかった。

父)そうだね。父さんだって、みんなに助けてもらってなんとかやっていけてると思うよ。

二)でも、K(三男)はときどき泣いているよね。

三)Y兄だって、こないだ泣いてたじゃん。

父)それは仕方がない。父さんだって知らないうちに涙が出てくるんだから。ところで、Yが得たものは?

二)だいたいKと同じ。それと、1日1日の大切さが分かった。
母さんがこうなることを予想していたわけじゃないんだけど、いつかはみんな死ぬんだし、必ず別れが来るんだということは、なんでか分からないけど、漠然といつも考えていた。
それで、オレなりに母さんを大切にしてきたと思ってるから、今はそんなに落ち込まないでいられるような気がする。
今だって、なんだか幸せな気がするんだよね。母さん、まだ生きているんだし。
父さんは、どう? 落ち込んでる?

父)落ち込むというより、やっぱりどうしても寂しくなるときがある。父さんと母さんは、いつも一緒だったから。
でも、運が悪かったとは思ってないなあ。いろいろ考えても、かえって運が良かったんだと思う。
ただ、「あの時こうしておけばよかった」という後悔はいっぱいあるけどね。
でも、こんなことがあっても、キミたちがなんとか前向きにいてくれるのは、結構すごいことだとは思うよ。
母さんが目覚めたとき、「自分が倒れたせいで家の中が暗くなった」と知ったら、それこそ、かわいそうだしね。

三)母さん、ちゃんと目を覚ます可能性は高いよね?

二)もしかしたら、もう目が覚めてるんだけど、ただ反応できないだけかもしれないし。

父)父さんもそう思う。話しかけると、瞬きが増えたり、首を動かしたりしているから。

三)母さん、痛いとか、苦しいとかはないよね?

父)それはないと思う。

二)母さん、幸せだよね。

父)そう思いたいね。とりあえず、父さんは母さんと結婚できて幸せだった。

三)オレたちが生まれたしね。

子どもたち | 【2010-03-04(木) 22:07】 | Comments:(2)
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新しい世代への希望 【2010-03-05(金) 22:52】
いま病院内で「クロストリジウム・ディフィシル」という、ややこしい名前の細菌が出回っているらしい。
健康な人であれば、ちょっと下痢するぐらいでなんともないけれど、抵抗力が落ちている人がかかると、100人に2人ぐらいの割合で重症化する危険性があるということ。

昨日書いたノロウイルスよりも、実はこちらのほうが脅威になっていて、それでマスクや手洗いを徹底してほしいと、ドクターによる説明会があった。
病気を治す役割の病院なのに、病気の原因もいっぱいあるというのは、なんと皮肉なことだろう。

そうした騒ぎをよそに、妻は今日もスヤスヤと寝ていた。

夕方は、長男の彼女が病室に来てくれた。
妻とは去年の秋ごろに一度会っている。
そのときは初対面から話がはずみ、「あんな娘(こ)がお嫁に来てくれたらなあ…」と、妻はひそかに期待していたようすだった。
病院のベッドの上、妻はどんな気持ちで彼女を迎えたのだろう。

その後、自宅で一緒に夕食を食べた。
妻が元気だったら、きっといっぱい手料理を作って、もてなしたはず。
さすがにおばあちゃんは何を作ったらいいか悩んでいるようすだったので、子どもたちの要望を受けて、宅配ピザを取った。

食後、みんなで妻が元気だった頃の写真や動画を見た。
モニターの中の妻は、明るくて、可愛くて、元気だった・・・。
妻がどんなに素晴らしかったか、息子の彼女に恥ずかしげもなく自慢してしまった。

ああ、ついこの間のことなのに、妻の顔や、声や、しぐさが、なんだかもう思い出になってしまっている。

「また、こんな母さんが戻って来るといいんだけど・・・」と言うと、

「ゼッタイ戻って来るって」と長男。

これから自分の人生を築き上げていく子どもたち。

その若々しい生命力が、ほんの少しでも妻のほうにも流れてくれますように。

子どもたち | 【2010-03-05(金) 22:52】 | Comments:(0)
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信じるチカラ 【2010-03-06(土) 19:58】
妻が倒れてからまもなく2ヶ月になろうとしている。
最近、分かったことだけど、回復期のリハビリ病院に転院するためには、発症(手術)から2ヶ月以内という壁(法的な決まり)があるらしい。
2ヶ月を1日でも過ぎると、仮に急に意識が目覚めて体が動き出しても、リハビリ病院に入ることはできないということだ。

その日まで、あと1週間しかない。
目は開いたものの今なお意識がハッキリしていない妻は、もうそのリミットに間に合いそうもない。
それでも希望を持ちたいところだけど、仮に今すぐに意識回復したとしても、どこも予約がいっぱいで、病室の確保が難しいと言われた。

あとは、リハビリをあまり積極的に行わない療養型の病院に入るしかないという現実が迫ってきている。
もちろん、そういう施設でも比較的リハビリに積極的な所はあるらしいけれど、かなり遠方になってしまう可能性が高い。

いろんな理由があるのだとは思うけれど、苦しんでいる患者に追い討ちをかけるような制度に思える。
一律に決めてしまうのではなく、患者一人ひとりを見ることはできないのだろうか。

妻はまだ52歳。見た目的には、フツウに元気そうなのに。

     *

今日は長男と一緒に病院に行った。
目を開いて、声のするほうにしきりに顔を向けようとしている感じがする。

医学的にはどうか分からないけれど、家族の実感としては、こちらの気持ちが通じているように思えてしかたがない。

いま読んでいる「自分で奇跡を起こす方法」「脳障害を生きる人びと」「壊れた脳 生存する知」という本では、自発呼吸もなく脳波もなかった人が半年後に意識を取り戻し今では歩けるまでになったという話や、植物状態と言われている時でも、意識があって周りの人の話を記憶していたということなど、興味深いが実例がたくさん報告されていた。

どの本にも、たとえ反応がなくても、意識がある可能性を信じて、諦めないで語りかけを続けることが大切だと書いてあった。

「母さんはゼッタイに帰ってくると、諦めずに信じ続けよう」――今日、子どもたちと話し合ったこと。

そういう家族の心が、きっと彼女に良い影響を与えるし、どうせ待つのならそのほうが希望を持って生活できるし、万が一、時間切れになったとしても、そう信じ続けたほうがずっと幸せでいられるし、私も子どもたちも成長できるし、夫婦関係、母子関係を深く保つことができるし――とにかく、良いことだらけだから。







安定期/リハビリ | 【2010-03-06(土) 19:58】 | Comments:(7)
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好きだった荒井由美を 【2010-03-07(日) 21:07】
日曜日の今日、久しぶりにゆっくりと(と言っても3時間ぐらい)一緒に過ごすことができた。

ここ1週間ぐらいは、ずっとサラ・ブライトマンやクラシック系の曲ばかりかけていたので、今日は妻が好きだった荒井由美(松任谷ではない)の曲を流してみた。

5~6年前のクリスマス。何らかの理由で二人の関係がギクシャクしていた時があった。
私は、少し怒ったように家を出て、行くあてもなく街をぶらついたけれど、きっと落ち込んでいるであろう妻の顔が目に浮かび、かわいそうでたまらなくなり、彼女が青春時代によく聞いていたという荒井由美の2枚組みCDを買って帰った。

私をどう迎えたらいいか戸惑う妻に、「クリスマスプレゼント」と言ってキレイに包装されたCDを手渡すと、彼女は驚いたようにそれを受け取り、包みを開いた。

「好きだったよね、荒井由美。松任谷じゃない頃の」

「・・・・・」妻の目には涙が溢れ、言葉が出なかった。

大粒の涙を流して、いつまでも泣いた。子どもたちの前でも、かまわずに、思いっきり泣いた。

状況を察した子どもたちが、CDをプレーヤーに入れて再生してくれた。

   ♪ 白い坂道が空まで続いていた・・・

あれから、何かつらいことがあると、妻はよくこのCDを聞いていたっけ。

今日、ずいぶん奥の棚にしまってあったあの時のCDを探し出し、iPodにコピーして病室で流した。

検温に来た若い看護師さんは、「あ、この曲『魔女の宅急便』ですね」と言って笑った。

(ほんとは「ルージュの伝言」なんだけど…、そちら方面からしか知らない世代なんだね。今日は明るい看護師さんで良かった)

検温の間、私が足のマッサージをしていると、足の親指が動いた。
看護師さんも驚いて、「○○さん! もう一度指を動かしてみて!」と5、6回言ってくれた。

その声とは必ずしも連動はしていなかったけれど、その後も何度も親指は動いた。
ただ、私がふくらはぎをマッサージしているときに限って動くようなので、あるツボに来たときに反射的に動いているだけなのかもしれない。

「目も開いているし、こちらの言葉は耳に届いているような気がしますね」と、看護師さんは言ってくれた。

「ありがとうございます。またじっくりと語りかけてみます」

「いつも、とっても素敵な曲が流れていますよね。奥さま、きっと聴いていると思いますよ」といって、看護師さんは出て行った。

二人きりの病室。懐かしいBGM。

その頃の思い出話をしていると、つないだ手の指がぎゅっと締まるようになるときがあった。

意識的に握ろうとしたのか、それとも私の握る刺激に対する単純な反射なのか。

でも、今まではなかったこと。

医学的な判断は別として、私はあらゆることを良い方向に、希望的な方向に受け止めようと思う。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-03-07(日) 21:07】 | Comments:(16)
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転院先探しの旅 【2010-03-08(月) 23:59】
転院を視野に入れた今後のことについて、病院でソーシャルワーカーとミーティング。

回復期リハビリ病院は間に合わないので、療養型でできるだけリハビリに力を入れてくれるところを探しましょう、ということになった。

情報は提供してくれるけれど、最終的に決めるのは私。
どの病院に入るか、どんなドクターに診てもらえるかで、今後の妻の状態が大きく影響を受けるような気がするので、慎重に選ばなければならない。

コメント欄やメールを通していろんな人が情報を提供してくれた。
それと、ソーシャルワーカーがくれたデータをもとに、ネット上の情報をあれこれ調べながら、いくつかの病院をリストアップした。

大切な岐路に立つ今、かつて妻がかかっていた代替医療の治療師の先生とも、友人を通してコンタクトをとることができた。

フシギな治療法を駆使する先生だけれど、妻は、深く心酔していて、私も子どもたちも、実家の親までもお世話になったことのある、超能力者のような方。
病院選びや、家族ができる治療法も教えてくださるということになり、とてもとても心強い。

私は、妻のためならすべてをかけられる。
どんなことをしてでも、妻を取り戻したい。

今夜は、私が転院先探しで追い詰められているのを心配した長男が、一緒に寝るといって、私の布団で寝ている。
高校を卒業する息子と同じ布団で寝るのは、ちょっと勘弁してほしい感じだけど、でも寝顔がかわいい。

母のおっぱいを飲んでた頃や、なんでもかんでも質問ばかりして親を困らせた頃、天才少年と騒がれてテレビに出た頃――そんな小さな頃の顔が重なる。

この子によって、妻は母に、私は父に、なった。

二男は、今日も私の足をマッサージしてくれた。
「だいじょうぶだよ、なんとかなるよ、母さん、帰ってくるよ、父さんのことが大好きだったから」と言って。

三男は、私の布団に入る長男をうらやましがり、自分も一緒に寝ようとして、長男に追い出され、しぶしぶ子ども部屋に帰っていった。
それでも、大好きなY兄(二男)と一緒だから、そんなに寂しくはない。

妻と私が育てた子どもたち。たくさんの人と関わりながら、3人ともまっすぐに成長してくれた。

この子たちと、共に生きられることが嬉しくて仕方がない。
この子たちのところに、1日も早く母を取り戻したい。

どれ、長男を起こして、子ども部屋に追い返さないと・・・やれやれ

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子どもたち | 【2010-03-08(月) 23:59】 | Comments:(10)
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二人で立ち上げた会社 【2010-03-09(火) 23:27】
大きな、そして大切な仕事の目処がついた1日。

妻が元気な頃から関わっていた案件で、内容(本の制作)や金額的な規模など、彼女自身とても期待していた仕事なので、病院でしっかりと報告をしてきた。

「さすが、パパ!」
「ぜんぶ、Tさんのおかげだけどね」
――いつもなら、そんな会話が交わされていたはず。

20世紀が終わる頃、会社を辞め、夫婦で小さな会社を立ち上げた。
大きな波も、小さな波も、二人で乗り切ってきた。

こうして大きな仕事が一段落すると、私が精神的にラクになるので、妻はとても喜んでくれていた。
早く、彼女の喜ぶ顔、安心する顔がみたい。

今回もこの仕事がらみで熱海のTさん夫妻がわざわざ我が家まで来て、さらに病院にも寄ってくれた。

脳に効くという足のマッサージをすると、太ももから足首から、結構動いていたらしく、ずいぶん良くなっているように見えたと言ってくれた。
(昨日、私がマッサージをしたときは、足の親指が動く程度だったんだけれど…)

Tさん夫妻は、妻が倒れたその夜に、熱海から出てきて、そのまま3日間も寄り添ってくれた人。
奥さんは、妻の手術中、私と一緒に待合室で徹夜してくれた。
ご主人は、子どもたちの朝食を作り、センター試験に向かう長男の弁当まで作ってくれた。

仕事面でも助けてもらったけれど、転院先探しのほうでも真剣に関わってくれて、私も子どもたちもいつも支えられている。

明日、その協力の中から見つけた一つの候補に電話してみようと思ってます。

安定期/リハビリ | 【2010-03-09(火) 23:27】 | Comments:(0)
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長男がもらってきた「合格通知書」 【2010-03-10(水) 22:05】
今日は長男の受験結果発表の日。

本当は、母と一緒に行くはずだった本郷キャンパス。
残念ながら、合格者の中に長男の番号はなかった。
合格者が胴上げされる中、長男は一人帰ってきた。

落ちたはずなのに、その手にはなぜか「合格通知書」があった。
それは、3日後にある後期試験への受験資格を得たということ。
ほんとうに「合格通知書」と書いてあるから驚きだ。

後期試験にチャレンジできるのは、センター試験上位者から500人のみ。
その中から合格できるのは100人。倍率5倍の前期以上の難関となる。

前期がダメだった場合に備えて、数日前から後期試験用の勉強をしているけれど、難しくて歯が立たないというようなことを言っていた。

それでも、与えられたチャンスに向けて、今日も勉強を続ける長男。

この1年、塾にも行かずに受験勉強に励み、母の突然の手術、長引く意識不明という状況のなか、前向きにがんばってきただけでも、父として誇りに思う。
弟たちの立派な見本になっている。心から拍手を送りたい。

      *

パソコン内にある昔のファイルを整理していたら、「T(長男)の良いところ」というワープロ原稿が目にとまった。
私の記憶からはすっかり消えていた内容だけど、ファイルを開いてみたら、当時のことが鮮やかによみがえってきた。


――Tが小学校5年か6年の頃のこと。

「パパ、ボクの良いところを書いて」と、紙を持ってきた。(子どもたちは当時「父さん」ではなく「パパ」と言っていた)

どうやら、自分の長所を親に書いてもらうという宿題らしい。

「それなら、ママのほうがたくさん知ってると思うけど・・・」

「ダメ、パパに書いてもらいたいの」

――子どもたちの中でも長男は成績が良かったせいか、いつもママに褒められることが多かった。(その後、反抗期に入って、母子関係は悪化するのだけれど)

それに比べて、私はあまり褒めることをしなかったらしい。
自分では結構、褒めて育ててきたつもりだけど、あとで本人に聞くと、「ほとんど褒めてもらった記憶がない」と言っていた。

そういえば、褒めていたのは小学校低学年のころまでで、少し大きくなってからは、どちらかというと大きな目標ばかり与えて、プッシュばかりしていたのかもしれない。

「子どもは褒めて育てれば、どんどん伸びる」という、当時流行っていた安直な育児論に対する反発もあったような気がする。
それで、宿題をキッカケに、父の褒め言葉が聞きたかったのだろうね。

「わかった。明日の朝まで、ちゃんと書いておくから」

――そういってパソコンで書いた原稿だった。

そのまま引用してみます。(名前のみイニシャルに)

      *

「Tの良い(好きな?)ところ」 ――パパからみて…

良いかどうかというと、「良い」ということに対する客観的な基準が人によっては違うかもしれないので、とりあえずパパから見て「好きなところ」を書きます。
それならいっぱいあるから…。

まず、「パパとママの子供として生まれてきてくれたこと」でしょう。
君のおかげで、パパは「お父さん」に、ママは「お母さん」になることができました。
生まれてきてくれたこと…それだけで、とっても感謝!。

いつも前向きに考え、積極的、主体的に思考・行動し、たとえ落ち込むようなことがあっても、めげずに希望を捨てず前進しようとする君は、とっても頼もしく感じられます。

知的好奇心、探究心、向上心、チャレンジ精神が旺盛なところはスゴイと思う。(いつまでもそれを失わないように…)

パパの子供のころと同じように口答えが多くちょっと理屈っぽいけど、心の中はママに似て、とっても明るく素直に育っています。(と思います。今のところはね…)

Tはいつも自分から元気にあいさつをすることができる。地味なことだけどそれはすごく大切なことです。

人の良いところを見つけ出し、その人を好きになれるという能力がTにはあります。
これは、人の悪いところを見抜く力よりも、ずっとずっと素晴らしい才能です。

「パパとママの子供に生まれて良かったと思っているところ」
「パパとママが世界一だと思っていること」
「弟たちが大好きなこと」
 ――こうしたことは、君自身はもちろん、家族みんなをとっても幸せにしてくれます。

      *

こんな時代もあったんだね。そんな長男ももう高校卒業。
大学生になるのか、浪人生になるのか、もうすぐ決まるけれど、どちらでも、未来は大きく広がっているように見える。

子どもたち | 【2010-03-10(水) 22:05】 | Comments:(8)
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気管切開の日 【2010-03-11(木) 22:50】
今日は気管切開手術の日。

手術の直前、手術室に向かう途中の廊下で、同意書にサインをして、立ち会った。
同意書には事前にサインをしていたけれど、直前にもこうしてサインをする決まりらしい。

あの生死をかけた緊急手術の時と同じ手術室。
あの時と同じ待合室で40分ほど待った。
今回は、長男が一緒に付き添ってくれた。2日後には後期試験を控えているというのに。
一応、参考書を持ってきてはいたけれど、ほとんど父子の会話で時間を費やしてしまった。

簡単な手術だという説明は受けてはいたけれど、喉を切るということをイメージすると、なんともいたたまれず、こちらのほうが苦しくなってしまう。
それでも、手術後の妻のようすをみると、口から入っていた管が取れてスッキリした感じ。本人もラクそうに見えた。

主治医の話では、脳の腫れはほとんど引いているので、あとは意識の回復を待つだけということ。
今の病院ではとくに医学的にすることはもうないので、語りかけたり、体をさすったり、たくさん刺激を与えてくださいと言われた。
看護師長さんに、アロマテラピーや音楽療法のことなどを話してみると、できることは何でもやってみてくださいと言ってくれた。

聞き方によっては、医師がさじを投げたとも取れるけれど、家族の関わり方次第で回復は可能というようにも取れる。

とにかく時間の許す限り、傍にいてあげたい。

母親がこんな状態だというのに、夕食時には部活の話や、誰が一番運度神経がいいかというような話で盛り上がった。
食後も、いろんな思い出話に花が咲く。

この3人兄弟を小さい頃から知っているTさん夫妻は、「いまどき絶滅種のようなフシギな子どもたち」と言っていたけれど、最近、私もそんな気がしてきた。

(二男については、はじめからそう思ってたけれど・・・)

安定期/リハビリ | 【2010-03-11(木) 22:50】 | Comments:(5)
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妻の横で久しぶりに仕事を 【2010-03-12(金) 23:56】
夜、病室にチェック用の原稿を持ち込んで、2時間ぐらい妻の横で仕事をした。

彼女が元気なころは、こうして根を詰めて仕事をしていると、コーヒーを出してくれたり、マッサージをしてくれたり、気分転換の世間話に付き合ってくれたり、いつもいつも助けられていた。
たいていの場合、夫婦の雑談は長引く傾向にあり、妻はそのつど仕事のジャマをしていると思っていたようだけど、私はそういうひとときが、とても楽しく、嬉しかった。

今日は、一歩通行ではあったけれど、でも、1ページチェックするごとに、仕事の内容や、子どもたちのことを話しかけたりすることができた。
妻は、しっかりと目を開いて、こちらを見つめながら聞いてくれたし、なんだか、いつもと同じような感覚がよみがえったような気がして、懐かしかった。

いま編集中の原稿は、漢方の専門書。
人間と宇宙のかかわりや、陰と陽の出会いによって、すべてが生まれ、生成していく様子が書かれている。
中医学の新進気鋭のエキスパートによる力作だ。
妻が元気な頃、大手企業のクライアントから依頼された単行本制作の仕事で、彼女は完成をとても楽しみにしていた。

それにしても、西洋医学とは全く違う体系、哲学をもつ東洋医学。
こういう大きな流れに心を向けると、目の前の障害が小さく見えて、気持ちが楽になってくるようが気がする。
専門書だけに内容はかなりハードだけれど、医学書というより、哲学・思想書と思って読めば、なかなか面白い。

     *

来た時と、帰り際と、2回、足のマッサージをした。
足首を曲げて、ねじり、伸ばしたり、押したり・・・すると、体をよじり、目を大きく見開いて痛そうな顔をする。

「痛かった? ゴメンね。でも、目が覚めたときにちゃんと歩けるようにするために、これが良いんだってよ。これから毎日やるから、覚悟してね」

私を見つめる目に、少し恨みがこもっているように見えたのは気のせいだろうか。

「痛いっていってるでしょ!」と怒られる日が、きっと来るような気がしてならない。


安定期/リハビリ | 【2010-03-12(金) 23:56】 | Comments:(2)
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春の匂い 【2010-03-13(土) 23:50】
春が来たという感じの暖かな1日。
風にのって春の花の甘い香りが漂ってきます。

例年、この時期は車に乗って少し遠くの公園や植物園に行き、季節の巡りを味わうのが楽しみだった。
妻は草花の名前をよく知っていて、一つひとつ名前を呼んでは、カワイイとか、キレイを連発していたっけ。

もう少ししたら、桜も咲き始める頃。

毎年、家族だけでささやかな花見の会を催してきたけれど、今年はもう間に合いそうもないな。

病院の敷地にも桜並木があり、病室の窓からもかろうじて見える。
せめて、そこから眺めることだけでもできれば、と思う。

     *

今日は、おばあちゃんがいったん山形の実家に帰ったので、久し振りに家族4人+1ワンで夕食を食べた。

母親が意識不明という状況にありながら、この子たちの明るさは、父親の私から見ても驚くほど。
無意識にか、意識的にか、兄弟3人がそれぞれ関わり合い、励ましあい、じゃれあい、ケンカし合い、お互いを必要とし合いながら、寂しさや不安を乗り越えようとしている。

むしろ、「父さんが一番心配」と言われているという、ちょっと情けない状況であります。
「どうやって父さんを支えるか」と、よなよな密談しているようすもあったりで・・・

     *

今日は、長男の後期試験の日。
撃沈するかと思われたけれど、英語、数学、論文と長時間の試験を最後まで捨てずに楽しめたと言っていた。

前期試験よりもはるかに高度な問題なので、合格はまさに奇跡レベルのことだけど、英語と数学の落ち込みが、得意の論文でカバーできる程度であれば、奇跡が起こるかも・・・だそうです。




安定期/リハビリ | 【2010-03-13(土) 23:50】 | Comments:(4)
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妻が信頼していたM先生 【2010-03-14(日) 23:58】
妻がとっても信頼していた治療師のM先生と熱海のT夫妻が来て、足を中心に専門的なマッサージをしてくれた。
フシギな力で、人を癒し、本来の治癒力を引き出し、回復をもたらしてくれる人。
妻は幾度となくその治療を受けて、その力を心から信頼していた。

M先生の治療を受けた妻は、痛そうな顔をしたり、別れ際には泣き出しそう顔をしたり、昨日までとはぜんぜん反応の仕方が違っているような感じがした。
このままかもしれないと思ってしまいがちな私に、また希望の光が灯ったひと時だった。

もともとM先生は、Tさん(奥さん)から紹介された人。
妻自身はもちろん、私も、子どもたちも、実家の親まで治療でお世話になっていた。
いうまでもなく妻は、M先生も、T夫妻も、心から慕い、大好きな人だった。

夜は、受験勉強にがんばたっ長男の慰労会をかねて、Tさん(ご主人)が豪華ディナーを作ってくれた。
食材はもちろん、食器まで持参で来てくれた。
M先生も一緒。

次から次へと出てくるおいしそうな料理に子どもたちは大喜び。
私も、心から感動してしまった。
料理に感動するということは、めったにないこと。
おいしさはもちろん、その心遣いが心にしみた。


安定期/リハビリ | 【2010-03-14(日) 23:58】 | Comments:(4)
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2ヶ月が経ちました。 【2010-03-15(月) 23:37】
妻が倒れてから今日で2ヶ月が経った。

手術直後や1ヶ月目の頃から見ると、全体的な状態もずいぶん落ち着いてきているように見える。
目も開いてきたし、マッサージに反応して体も動くようになった。

だけど、こちらの動きを目で追ったり、呼びかけに応じたりという反応は、まだ出ていない。

正直、意識不明がこんなに長くなるとは思わなかった。
戸惑いや、不安や、悲しみに押しつぶされそうになることもあったけれど、多くの人が支えてくれたおかげで、なんとかここまで乗り切ってこれました。

介護問題や医療行政など、これまでどこか他人事のように思ってきた問題に、今は正面から取り組まざるを得ない状況にある。
同時に、生きるとは、生命とは、意識とは、心や魂とは、いったい何なのか――そんなことを毎日のように考えさせられてもいる。
子どもたちとの議論も、そういう感じのテーマが多くなった。

     *

そういえば長男の後期試験の論文の問題の1つは、「平和」だった。

平和とは何か。戦争のない状態という考えもあるけれど、戦争がなくても、平和とはいえない状況にある人がたくさんいる。平和だけど、不幸な人もいるし、平和がなくても、それなりに幸せな人もいる。

「明日食べるものがない平和を捨てて、明日の食べ物のある戦争を選ぶ人々がいる」というような問題文の中の1節が、すごく印象に残っている。

「平和を守るために戦争をする」という皮肉さえ現実にあるわけだし、考えれば考えるほど、問題の深みにはまっていく。

テストでは、限られた時間、文字数で、自分の考えを展開しなければならないので、かなりタイヘンだったようだけれど、前期試験よりも、ずっと面白かったと長男は言っていた。



安定期/リハビリ | 【2010-03-15(月) 23:37】 | Comments:(2)
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動画を見る目の反応 【2010-03-16(火) 23:59】
病室に行くと、妻は眼を開いて起きていた。
たとえ意識がなくても、眠っているときは眼を閉じて、起きているときは眼を開いているから、分かりやすい。
眼を見つめながら、いろんなことを話した。

今日は長男の高校の卒業式。
父も母も参加できなかったけれど、それでも明るく堂々と高校最後の日を送り、打ち上げを楽しみ、帰ってきた。
妻は、どんなに参加したかったか。有数の進学校に入った自慢の息子。

1時間ほど、子どもたちことや仕事のことや思い出などを話していたら、疲れてしまったのか、目が閉じそうになった。
おやすみ、と言って帰ろうと思ったけれど・・・

「あ、そうだ。こないだのパーティの様子、見せてあげようか?」と言って、おととい、熱海のT夫妻と、M先生を迎えた夜のパーティの動画を見せた。

すると、閉じかけた目がパッチリと開いて、ずっとモニターを見ていた。
ごちそうを前にした子どもたちの歓声や、妻が大好きなT夫人の声が聞こえる。


「Yさん、また料理の腕が上がったね。すごい料理が次から次へと出てきて、子どもたちも大喜びだったんだよ。あなたがこんな状態なのにね」

100316a.jpg


   妻の目はじっとモニターを見ている(ような気がする)


「とくに、イカ墨スパゲッティは絶品だった」

100316c.jpg


   目はずっと開いたまま。


「それと、いつもの酢の入った野菜炒めみたいなやつ。あれはあなたも大好物だったよね」


   ただ開いているだけの目とは、違う気がする。


100316b.jpg


「もうこれでおなかがいっぱいと思っても、またおいしいのが出てきてさ、それがまた食べられるからフシギ。全部で10品ぐらいあったと思う。おいしい料理って、人を幸せにできるよね。」


   目には涙がたまっていた。
   眼を開き過ぎたせいか、それとも何かを感じたのか。


「あなたが作る料理も最高だったよ。おいしいって、あんまり言わなかったけど、ほんとにおいしかったんだよ。いまさら言うなって思ってるかな・・・」

   きっと眠いはずなのに、
   それからしばらくは、眼を開いたままだった。

安定期/リハビリ | 【2010-03-16(火) 23:59】 | Comments:(4)
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妻の手 【2010-03-17(水) 23:58】
妻の手。

柔らかくて、ふっくらしていて、元気な頃と何も変わっていない。

100317.jpg


子どもたちのYシャツを毎日1つ1つ手洗いをしていた。

毎朝、弁当を作り、朝食を作り、昼食を作り、夕食を作っていた。

デスクワークで疲れた夫の肩や背中をマッサージしてくれた。

お風呂のカビ退治に執念を燃やしていて、毎日のように浴室全体を掃除していた。

その浴室掃除の途中で、倒れた。

1月15日・昼。
真冬にしては暖かな日だったけれど、日が当たらない浴室は、きっと寒かっただろうと思う。

あのとき、風呂掃除をさせなければ・・・そう思ったこともあるけれど、でもいずれ何かのキッカケで脳出血は起こったに違いない。

悔やんでも悔やみきれないこと。

寂しさや不安のなか、不思議な幸福感も漂う日々。

たしかに寂しくはあるけれど、でもなぜか決して不幸ではない。

今を出発点として、これからまた我が家の歴史を作って行きたいとも思う。

安定期/リハビリ | 【2010-03-17(水) 23:58】 | Comments:(4)
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空腹の3男と妻の涙 【2010-03-18(木) 23:15】
夕方、2男+3男と病院に行った。
妻は、今日も相変わらず、気持ちよさそうに寝ていた。
子どもたちは、ようやくこの状態に慣れてきたのか、フツウに会話

3男「今日の夕飯はナニ?」

父「肉野菜炒めとか、そんな感じ」

2男「チンジャオロース?」

父「は? ニクヤサイイタメって言ったんだけど」

3男「チンジャオロース食いたい! 母さんが作ったの、おいしかったなあ。また思い出してしまった・・・グスッ。ああ食いたい!」

2男「お前、母さんのことじゃなくて、とにかく食いたくて泣いてんの?」

3男「だって、ほんとに腹へってるんだもん」

父「母さん、作ってやりたいだろうなあ」

2男「あれ、母さん、顔が泣いてるよ」

3男「ほんとだ、涙が出てる。さっきまではなかったのに」

2男「お前が泣かしたんだ」

3男「ええ!? そんな・・・」

2男「でも、母さん、ちゃんと聞いてんだね」

父「料理を作って上げられなくて泣いたのか、キミたちのあまりの成長のなさを嘆いたのか・・・どっちだろうね」

――帰りの車のなかでも3男は「食いたい食いたい」を連発。「結局お前は食いもんかよ」と2男。

     *

最近、長男と会社の経理や資金繰りの問題について話し合っている。

大学生になるか浪人するか、結果はあと数日後。
どちらに転んでも、妻に代わって自分が会社の一角を担うと決意してくれているようだ。

小学生時代に10台以上のパソコンを自作して、中学の頃は講師もやっていたこともあり、パソコンについては、ハードもソフトも私よりずっと高度な技術を持っているので、とても助かる。

ここから何か新しいことが始まると信じたい。

子どもたち | 【2010-03-18(木) 23:15】 | Comments:(2)
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なんだかロマンチックな夜(の病室) 【2010-03-19(金) 23:56】
(最近FC2ブログのサーバーの調子が悪いのか、UPしてから表示されるまで、かなり時間がかかってしまうようです。

     *

同じ埼玉のT夫妻とMさんが我が家に。
久しぶりにいろいろな議論に花を咲かせることができた。

家が近いので、妻がいた頃は、いつもそのまま深夜まで語り合うのが恒例だったけれど、今日はそのまま病院に面会にも行ってくださったようなので、私は夜遅くに一人で病院に。

     *

ここは病室。22時を過ぎたところ。
一通りのマッサージが終わったので、持ってきたノートパソコンでこの文章を書いている。
ネットにはつながらないけれど、後で家に帰ってからUPすればいい。

妻は、ちょっときつめのマッサージに疲れたのか、はっきりと開いていた目も、いまは薄目で私のほうを見ている。
目線が合う所にいるので、当然といえば当然だけど、じっと見てくれている。
幼子のように、素直で、まっすぐで、愛らしい目。

昼とは違う、柔らかい照明のせいか、なんとなくロマンチックな夜。

ついつい思い出話が長くなる。

     *

――ねえ、あなたと一緒になって20年ちょっと。どの頃が一番幸せだった?

線路沿いの小さなアパートで始めた結婚生活。
2人っきりで、お金もなかったけれど、ものすごく幸せだったよね。

夜、仕事から帰ると、台所の明かりが点いているのが、なんだかとっても嬉しかった。
窓からもれる光の中であなたの影が揺れる。
今日の夕食は何だろう・・・。
「ただいま」と言ってドアを開けると、あなたは向日葵のような笑顔で私を迎えてくれた。

最初にあなたが作ってくれた夕食。
ポテトサラダが好きだと言ったら、大きな皿いっぱいに作ってくれたっけ。
とってもおいしかったけれど、あれはちょっと量が多過ぎ。

でも、全部食べた私に、あなたは内心、驚いていたよね。
こんな大食いだったら、食費がタイヘンだと思ったとか・・・。
私としては、オイシイということを、全部食べることで表現したつもりだけど、じつは翌日の朝の分も考えた量だったなんて・・・。

いろんなことがあった。
でも、いま思い出してみると、どの1日も、どの瞬間も、天国のように幸せだったよね。

そして、いまこの瞬間だって、なんだかとっても幸せな気がするんだよ。

あなたはまだ動けないし、話もできないけれど、こうして私の傍にいて、ただ存在するだけで私を慰めてくれる。
何年か経って、この時代を振り返ったとき、「あの頃が一番幸せだったかも」なんて、そう言えるような気さえする。

     *

私にとって、生涯たった1人の妻。
100回生まれ変わっても、また一緒になろうと誓い合った2人。
ある人が言っていた。「もしかしたら、いまがもう100回目なのかもしれないよ」と。

妻は、もうすっかり目を閉じて、まるでいつものお昼寝のように眠っている。

帰り際のマッサージはやめて、このままそっと帰ろう。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-03-19(金) 23:56】 | Comments:(4)
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トイレにカギをかけるようになった日 【2010-03-20(土) 23:58】
今日は、新潟から妻の両親と弟さんが来てくれた。
夫である私とはまた違った悲しみや、寂しさや、不安や、希望があるのだと思う。

     *

今は夜の10時。2人だけの病室。
心拍数も、血圧も、呼吸も、すべて正常。
ただ、少し熱があるのかもしれない。氷枕を抱き抱えるように寝ていた。

肩、肘、手指、膝、足首、足指(とくに親指を重点的に)と、間接を中心に一通りマッサージ。

「またラッキーと一緒に散歩しようね」

そして、今夜も想い出話の続きを・・・。

     *

憶えてる? 
一緒に暮らし始めて間もない頃。

私がトイレで自然の摂理に身を委ねながら本を読んでいると、突然あなたがドアを開けて入ってきて、私の前に味噌汁の入ったお玉を突き出したんだ。

「え?」と驚く私。

「アジミ!」

「は?」

「お願い、味見して。結構イケルと思うんだけど」

そう言ってあなたは、戸惑う私の口に味噌汁を強制的に流し込んだ。

「どう?」

「あ、おいしい!」――状況はまだよく飲み込めなかったけれど、飲み込んだ味噌汁はおいしかった。

「ね、そうでしょ。オッケー! じゃ、ゆっくりがんばってね」 バタン!

突風が過ぎ去った後、私のなかで、何かが変わった気がした。
頭の後ろのほうでパキンと、殻が破れたような音。
読書を再開しようとしても、頭がグルグルしてなかなか内容が理解できない。
とりあえず、いくら夫婦でもトイレにはカギをかけたほうが良いかもと思っていると・・・また、ドアが開いた。

「ゴメン、ちょっとシャツ脱いで。洗濯機回しちゃったから」と言って、あなたは私のシャツを、まるで器用な追いはぎのように一瞬でスルッと奪い取って行ったよね。

あのとき私は、ほぼ裸の状態でトイレに放置されたんですけど。
その自分のおかれた状況がおかしくて、思わず笑ってしまったっけ。
なんでか分からないけれど、嬉しかった。
「ああ結婚したんだ」って気がしたんだ。

そのとき以来、私はトイレにカギをかけるようになったけれど、それは落ち着いて本を読みたいからであって、あなたの侵入を恐れてではないよ。

毎日、そんなことの連続。
あなたのおかげで私はずいぶん丸くなった。
そう、心身ともに。

人気の記事 | 【2010-03-20(土) 23:58】 | Comments:(4)
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桜のラベルのワイン 【2010-03-21(日) 23:07】
今日は、春日部のKさんが来てくださった。
カイロプラクティックの先生なので、本格的なマッサージをしていただいた。
妻が心から尊敬していた人。
(前にも書いたけれど、幸せなことに、妻にはそういう人がたくさんいます。)

     *

先日、我が家に来られたMさんから、「桜のラベルのワイン」が届いた。
母が、「お酒はだめだけど、ワインなら少しは飲めるんです」と言っていたことへの心遣い。

このワインにまつわる哀しくも美しいエピソードを、Mさんが教えてくれた。涙が出た。
多くの人が、多くのつらい状況を乗り越えて、花を咲かせ、散り、次の世代がまた花を咲かせ、愛と命をつないできた。
我が家族も、その大いなる流れのひとつ。

与えられた時間のなかで、哀しさも、楽しさも、不安も、希望も、全部引き受けて、思いっきり明るく、美しく、咲いてみたい。

     *

(以下、Mさんのメールより)

  ウィンダウリー・エステート
  ウッドブロック サクラ・シラーズ 2007

1944年、第二次世界大戦中、最大の脱走劇となった「カウラ・ブレイクアウト」(カウラ大脱走事件)。
カウラの地で捕虜になっていた日本兵545人が大脱走したこの事件の背景には、「生きて虜囚の辱めを受けず」の精神を教え込まれていた日本人の精神を、収容所の看守たちが理解していなかったことから、この悲しい事件は起きてしまいました。

日本兵捕虜達は、「万歳」を叫びながら、マシンガンの雨に倒れ、200名以上もの犠牲者を出しました。
その後、脱走が成功した捕虜も10日以内に全員捕えられましたが、脱走中、日本人指導者に「脱走してもオーストラリア市民に、決して危害を加えるような事はするな」と厳命されていた為、オーストラリアの市民に死者やけが人は一人も出ませんでした。

カウラの人々はこの事件で命を落としてしまった日本兵を手厚く葬り(その誇り高き意志を尊重して)、日本との友好関係を深めるために、本格的な“日本庭園”や“日本文化センター”を作りました。
(この土地は今では日本に寄贈され、オーストラリアの中での日本の土地だそうです!)

さらには日本人墓地から日本庭園までの5kmの間に、約2000本の桜を植え、毎年、桜祭り(10月頃)が盛大に行われるようになったのです。
国際理解を象徴する並木道としての “ 桜 ”。
この「カウラ」の地で、桜にまつわる逸話をモチーフにしたのが、この「サクラ・シラーズ」のラベルなのです。

雑想 | 【2010-03-21(日) 23:07】 | Comments:(2)
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桜の季節 【2010-03-22(月) 22:12】
なんだか、FC2ブログがヘンです。
更新しても、なかなか反映されなかったり、UPしたコメントが消えたり、消えたかと思うと、また出てきたり・・・

     *

東京では桜の開花が宣言された。

ここ、さいたままでは、だいたいあと1週間ぐらいだろうか。

満開の桜もいいけれど、開花を待つこの時期も、妻はとっても好きだった。

近所の桜の蕾を見ては、花見の計画を練ったり、天気予報を調べたり、花粉の飛び具合に顔をしかめたり。

今年はもう無理だけど、来年は、また一緒に花見がしたい。

名所になど行かなくても、近所の1本の桜でもいい。

一緒に花見がしたい。

     *

今夜、子どもたちは、3人まるごと神奈川のKさんの所にお呼ばれ。

一応、長男の受験の慰労会なのだけれど、当然のごとくコブが2つも付いていった。

子どもたちが小さな頃から、家族ぐるみでお付き合いして来た人。

妻が姉のように慕っていた人。

一緒に旅行に行ったり、パーティを催したり、想い出がいっぱいある。

我が家は、私の友人も、妻の友人も、仕事関係の人まで、なぜか家族みんなでお付き合いをさせていただくことが多かった。

そうした人の所には、子どもたちだけで(あるいは1人ずつでも)遊びに行くことができる。

子どもたちの「お客さん大歓迎」的な雰囲気は、妻の性格から来たものだと思う。

とにかく、3人の子どもたちは、こうしてたくさんの人たちに育てられてきた。

その多様な関係は、彼らの心をどれだけ広げてくれたか分からない。

今ごろ子どもたちは帰りの電車の中。

帰ったら、新しい想い出になる土産話を聞きたい。

子どもたち | 【2010-03-22(月) 22:12】 | Comments:(0)
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次の目標 【2010-03-23(火) 23:58】
長男の後期試験の結果は、やはり難しかった。

塾にも行かずに最難関に挑戦するという勇気は素晴らしかったし、

実際にセンター試験までは理想的な成績で折り返したけれど、

そこから2次試験までの40日間、さらに後期試験までの2週間、

ずっと母親が意識不明という状態は、さすがにこたえたのかもしれない。

でも本人は、「母さんの病気のせいにはしたくない」と

気持ちを切り替えて、次の目標に向かい始めている。

「おれは、そんなに強い人間じゃなかった」と、

少しは落ち込みもあるみたいだけれど、

2人の弟たちをいじめて遊ぶ元気は残っているようだ。

珍しく、3男と一緒に風呂に入り、そこでもじゃれあっていた。

兄弟が慰めあい、支え合っている姿をみたら、

妻はどんなに喜んだろうと思う。

子どもたち | 【2010-03-23(火) 23:58】 | Comments:(7)
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神秘的な時間の流れ 【2010-03-24(水) 23:44】
病室。夜の9時30分。
外は冬に逆戻りのような寒さだけど、ここはいつも20度に前後に保たれている。

BGMは、Deep Forestから、ちょうど懐かしいユーミンに替わったところ。

スピーカーの所には、誰が置いてくれたのだろう、小さな花瓶に可愛い花が活けてあった。
もう生命の基盤となる大地から遠く離れてしまっているのに、こんなに生き生きと、残された時間をせいいっぱい美しく咲いている。

20100324.jpg

  妻がじっとこっちを見ている。
  だから、私が目を向けると、必ず目が合う。

仕事をしている私の傍には、20年間、こうしていつも妻がいた。

     *
     
今日は、3男がテストの成績が思わしくなかったのか、少し落ち込んでいた。
2男が、「K(3男)のことはオレがフォローするから、だいじょうぶ」と、なんだかとても彼らしくない、頼りがいのあることを言った。
この期間、彼もずいぶん成長したような気がする。

いや家族全体が、数ヶ月前とはぜんぜん違うステージに上がって来ている。
試練や苦労は、人を成長させ、人と人とを深く結び付けてくれる最高の接着剤なんだと実感する毎日。
もしそこに愛がなければ、かえってバラバラになって、崩壊していたかもしれないのだけれど。

たまらなく寂しくなることもあるけれど、決して不幸ではない。
不思議なことだけど、幸せの度合いは、妻が倒れる前とあまり変わっていないと思う。
むしろ、かえって日々幸せを実感することが多い。

つらいのは、その幸せや喜びを、今までのような方法では妻と分かち合えないということだ。
でも、それにしたって、きっと言葉が通じて分かち合えていると信じればいいわけだし。

  妻はまだこちらを見ている。
  ほんとに必ず目が合うから、思わず笑ってしまう。
  (どうした、今日は、ずいぶん起きているね)

  しきりに口を動かしている。
  (ん? 何か言いたいの?)
  (それとも、何か、食べたいの?)
  (もう2ヶ月以上、口から食べてないもんね)
  (今夜はね、私が肉野菜炒めを作った)
  (あなたが作るほどはおいしくなかったけれど、
    それでも子どもたちは喜んで食べてくれたよ)

――いろいろな報告のあと、言葉が尽きて、いや、言葉にできない思いがあふれてきて、長い間、ただじっと見つめ合った。何分も何分も時間が流れていった。

何かが通じている。
宇宙は、この瞬間をきっと記憶している。
――そんな気がしてくるほど、神秘的な時間だった。

冷たい雨や寒さのせいか、今日は少し気持ちが落ち込んでいたけれど、こうしてまた妻に元気と勇気と希望をもらうことができた。

子どもたちに、何かアイスでも買って帰ろう。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-03-24(水) 23:44】 | Comments:(4)
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天国と地獄を分かつもの 【2010-03-25(木) 23:50】
病室。夜の10時。
今日も1日中冷たい雨が降っていた。

ご主人を亡くされたruruさんという方からメールをいただいた。
私たちよりまだずっと若いのに、つらい状況を受け止めながら、前向きに日々を過ごしておられる。

「夫は今どこにいるんだろう。天国か地獄か」という内容のruruさんのブログ記事に、「愛のあるところが天国で、愛のないところが地獄だと思う」というようなコメントしたことがあった。

今夜は、そんなことを妻と話し合った。

  むかし、そんなことを話してたよね。
  愛し合う夫婦が、宗教の違いで
  どちらかが天国でどちらかが地獄ということは
  あり得ないって。

  だって、愛する相手が地獄にいるのに
  天国で穏やかに暮らせるはずはないから。
  また、天国に行けるような愛の人であれば
  なおさらそうだろうって。

  「天国も地獄も、きっと私たちの間にあるんだよ」って言ったら、

  「それって、すごい名言!」と、あなたは喜んだっけ。

  「たしかにパパと心が離れると地獄・・・。
   でもほとんど毎日天国! シアワセ!」って。

  「でもさあ、天国がそんなに簡単だったら、
   世界はとっくに平和になってるはずじゃない?」

  「夫婦が愛し合えばいいんだから、簡単なはずだけど、
   でもPTAなんか行くとみんなダンナの悪口言っているんだよね。
   私にはとても考えられない」

宗教的にはいろんな教えがあるのだとは思うけれど、私にとっては、妻と共にいられる所が、天国そのものだった。
「天国」という漢字を分解すると、「二人の国」になるし。
たとえそこが「地獄3丁目」という地名であっても、妻がいれば、それだけで幸せを感じることができるような気がする。

ただ、自分たちは幸せでも、周りに苦しむ人がいるという現実をどうすればいいか、それはそれで難しい問題・・・。
そういうことを踏まえると、二人だけで天国とはいえないかもしれないけれど、少なくとも妻と一緒にいられれば、そして愛が壊れなければ、そこは地獄ではないはず。

そしていまこのひと時も、こんな状況にありながら、妻の寝息を聞けるだけで、幸せを感じることができる。

懐かしい思い出を語り合うだけで、心があたたかくなる。


  ああ、今日もこんなに遅くなってしまった。
  そろそろ帰らないと。
  でも、帰らないでって言ったら、帰らないよ。

――いつか、そう言ってくれる日が、きっと来ると信じたい。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-03-25(木) 23:50】 | Comments:(1)
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私のどこが好き? 【2010-03-26(金) 23:35】
いつもの病室。22時。
今夜はめずらしくモーツァルトがかかっている。

クラシック、ワールドミュージック、ユーミン、サラ・ブライトマンなど、妻が好きだった曲を、だいたい150曲ぐらいiPodに詰め込んでエンドレスで流している。

なんだか、音楽に看病させているみたいで、むかし子どもたちが小さい頃、ビデオに子守をさせていたときのような、微妙な申し訳なさを感じないでもない。


   あれ、今日は目がパッチリ開いてるねえ。
   この時間、いつもは眠そうにしてるのに。

     100326.jpg

   明日だけどね、朝から大阪出張で、
   帰りは深夜だから私は来れないと思う。
   その代わり、子どもを誰か派遣するから。
   だれがいい? え? だれ?
  
   Y(2男)は、今日来たから、T(長男)かK(3男)かな。
   でもKは1人で来るのは、ちょっと心配だから
   T+Kか、T1人か、あるいはTYK総出か・・・

   子どもたちはあんまり来ないけど
   みんな、あなたよりも私のほうを心配してるんだよ。
   あなたがいないとぜんぜんダメだってこと、知ってるんだよね。

   そういえば、今日の昼、久しぶりにおばあちゃんが来たでしょ?
   「ずいぶん顔色が良くなってたからビックリした」って言ってた。
   毎日会ってるから、あまり気がつかなかったけど
   顔色、良くなったんだね。
   あ、顔そのものも、もちろん良いよ。
   髪の毛も伸びてきたし、元気なころとぜんぜん変わってない。

     *

むかし「私のどこが好き?」と聞く妻に、私は、たいてい「顔」と答えた。

「ヘンなの。ふつう、ココロとか、セーカクとか言うでしょ?」

「でも、好きだよ、顔」

「顔のどこよ?」

「目と、口と、鼻と、耳と、額や眉毛やほっぺたや・・・ようするに全部だね。いや、全体の組み合わせかな、いや、やっぱりあなたの顔だから、かな。そもそもあなたが好きだから、あなたの顔が好きなのか、あなたの顔が好きだから、あなたが好きなのか、どっちだろう・・・」

「わかった、わかった、もういいよ」

いつも冗談のように言っていたけれど、私はほんとうに妻の顔が好きだった。
妻が笑っていると、ココロから幸せな気持ちになれた。
そして、いつも笑ってくれていたので、いつも幸せだった。

でも思い起こせば、倒れる前の1ヶ月間ぐらいは、なんとなく笑顔が少なかったような気がしないでもない。
やっぱり疲れていたんだろうか。
かわいそうに。かわいそうに。


夫婦の時間/想い出 | 【2010-03-26(金) 23:35】 | Comments:(1)
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ブログを続ける意味 【2010-03-29(月) 23:58】
妻が倒れた3日後から、毎日ずっと更新してきたブログ。
1日の句読点を打つように、ほぼ日課のようになっていた。
1日のアクセスが1000件を越えることもあり、たくさんの人に読んでいただいていることも励みになっている。

だけど先週の土曜日、朝から深夜まで大阪取材だったため、左メニューのカレンダーの中に初めて記事ナシの日ができた。
そしたら、いつものナマケ癖が再発したのか、昨日もサボり、さらに今日もなぜかすっかり忘れてしまっていた。
長男と話していて、ふと気がついて、また書き始めた次第であります。

義務のようになっていたわけではないけれど、読まれることを意識しているので、独り言のように気楽なわけでもない。

もともとブログを始めた頃は、急性期ということもあり、妻の病状を心配してくださっている方々に報告するという目的があった。

それが2ヶ月を過ぎたあたりからは、安定期(慢性期)に入ってきて病状の変化もゆるやかになり、報告という意味合いが薄くなってきている。

それにかわって、このブログを続ける主な動機となっているのが、せっかくこうした極限状態を家族として経験しているのだから、その記録を残して、これから生まれてくるであろう子どもの子どもたち、そしてさらにその先の子どもたちへと伝えたいということ。

何十年、何百年か後、親が子へ、「ご先祖様は、こんなふうに愛し合い、支えあい、一生懸命に生きていたんだよ」と語り継いでくれたら、とても嬉しいと思う。
(もちろん、今この時に希望を失っているというわけではないので、どうか誤解なきよう・・・)

まあ、このブログという形式や、それがのっかっているメディアが、そんなに長く続くことはないだろうけれど、そのときはいずれ何らかの形に変換してでも、家族の歴史として残しておきたい。

もちろん、妻が目覚めたときに、読ませたいという思いもある。
しばらくは、体が思うように動かないだろうから、とても面白い退屈しのぎになるに違いない。

当面の課題だった転院先への道筋が、少しずつ見え始めています。

雑想 | 【2010-03-29(月) 23:58】 | Comments:(5)
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病室で勉強をする3男  【2010-03-30(火) 23:58】
夜の病室。21時30分。

今夜は3男が病室で勉強すると言ってついて来た。

「母さん! 母さん! もうそろそろ起きて」

3男の呼びかけに、瞬きをする妻。

「母さん、パッチリ目を開いて、かわいいね」

「いくつになっても、かわいい女性だった。今もかわってないけど」

「年よりずっと若く見えたよね」

――もし意識があったら、きっと喜んでいるはず。

「キミが苦労や心配をかけ過ぎたから、母さん、こんなことになっちゃったのかなあ・・・」

「なんでオレ?」

「じゃ、だれ?」

「うーん、オレもだけど、みんなじゃない? 父さんもね」

「そっか、そうだね」

――もし意識があったら、妻はなんて言いたいんだろう・・・

「もしさ、倒れたのが父さんのほうだったら、どうだったかね?」

「考えたくないよ、そんなこと。母さんが倒れたことだって、ほんとは考えたくない」

――3男は今ベッドをはさんだ向こう側で、苦手な数学の勉強を始めた。

     *

どうもいつもと病室の雰囲気が違うと思ったら、入院初日からずっと置いてあった心拍数や血圧、脈波などを表示するモニターが撤去されている。
妻の体につながっていたケーブル類もなくなり、ずいぶんスッキリした感じだ。
このところずっと安定していたので、もう監視する必要がなくなったのだと思う。

ちょっと強めのマッサージをすると、手も足も、かなり活発に動くようになってきているし、手足の関節も、まだまだ柔らかく、固まっていない。
時折、なにかしゃべりたそうに口を動かす。
顔色も悪くない。
寝顔は、ほとんど元気な頃のままのように見える。

「このまま一緒にベッドで寝たりして」

「添い寝は無理だけど、一応泊まれるよ、個室だから」

「明日は朝から部活だから、母さん、起こしてくれるかなあ・・・」

子どもたち | 【2010-03-30(火) 23:58】 | Comments:(1)
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ラフマニノフの「晩祷」 【2010-03-31(水) 23:59】
二人きりの夜の病室。

小さなスピーカーからは、ラフマニノフの「晩祷」が流れ始めた。
ロシア正教で夜を通して行われる祈祷会のための無伴奏混声合唱曲。
同じキリスト教でも、東方正教会では楽器を使用しないらしく、教会音楽はすべて無伴奏の合唱曲になるらしい。

「晩祷」は、なぜか私が結婚前からもっていたCD。
人気のラフマニノフではあるけれど、どちらかというとあまり知られていない曲。きっと何かの本で紹介されて衝動買いしたんだと思う。

ジャズやロックがほとんどという中で、数少ないクラシカル(というより、完全に宗教音楽だけど)なアルバムなので、一緒に住み始めた頃、心を落ち着けたい時や寝る前などに、よく二人で聴いた。

長男がお腹にいる時も、胎教に良いんじゃないかということで、毎日のように流していた。
それ以降、今まであまり聴くことがなかったけれど、病室にもってくる曲を選ぶときに、ふと目に止まりiPodに入れていたのだった。

こうして、思い出の曲を二人で聴くと、あの頃のことがすぐ近くまでよみがえってくる。

* ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ *

あの頃はさあ、まだTもYもKもこの世にいなかったんだよね。

あなたと私、たった二人だけの家族だった。

おまけにお金もなかったけれど、でも、幸せだったよね。

それがいつの間にか5人家族。

1+1が5になることだってあるんだよと、算数を覚えたばかりのT(長男)と議論したことがあったね。
いや、Y(二男)だったっけか・・・

子どもたちは今、あなたのことで寂しい思いはあるけれど、それでもお互いに支えあって前向きに暮らしているよ。

あなたが安心して帰って来れるように、あなたが帰ってきた時に安心できるように、勉強や家の手伝いやラッキーの世話や、おまけに父親を励ますことまで、それぞれのやるべきことを、ときどきコケながらだけど、それでもしっかりやってくれている。

あなたが育てた通りに、成長してきていると思う。

あ、家から電話が来たよ。
(基本的に病院はケータイ禁止だけど、ここは個室だし、危ない電子機器はないので、カーテンに隠れて電話してます)

K(3男)「まだ帰らないの?」

「もうちょっとしたら帰るよ」

「母さんは、どう?」

「幸せそうに寝てる。さっきまで眼を開けてたけどね」

「電話、出れるかなあ」

「ハハハ・・・ 耳元にケータイを持ってくから、何か話してみなよ」

「(母さーん! 母さーん ◎×△□※◇?*○・・・)」

「そんなに大きな声を出さなくても、耳元に近づけてるから聞こえてるって・・・あれ、母さん、涙が出てきた」

「ホント?」

「ホント、ホント。さっきまで目を閉じてたけど、今はうっすらと開けているし。きっとキミのことが心配なんだね」

「・・・・グスッ・・・」

「んじゃ、もうすぐ帰るから」

* ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ *

ほんとに、電話で3男の声を聞いた直後に、まるでドラマのように涙がすっと頬を伝った。

どの程度の意識レベルかは別としても、何かを感じていることは確かだと思う。

ラフマニノフの晩祷、なんだか心の奥深くまで入ってくるような曲です。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-03-31(水) 23:59】 | Comments:(7)
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