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ラッキーパパ

Author:ラッキーパパ
向日葵のように明るかった妻が突然倒れました。5人の子どもたち(T:18、Y:16、K:13、ラッキー:犬1…全員♂・年齢は当時 2016年より猫1が参加)と共になんとか生きています。詳しくは「はじめに」で。

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思えば何度も妻に恋をした 【2010-10-01(金) 16:53】
思えば、結婚して一緒に暮らしてから今までの20年間、私は妻に何度も恋をした。

もともと好きだったけれど、どうせこれからもずっと一緒にいるのなら、好きになればなるほどお互いに幸せになれると思い、自分のなかの恋愛感情をどんどん加速しようとした。

どこまでも深く愛し合うことが、社会的にも、友人からも、親族からも、お互いの先祖からも、未来の子どもたちからも、そして神さまからも祝福された二人――私たちは、そんな考え方を共有していた。

実際、私たちが仲良くすることをみんな喜んでくれた。
とくに3人の子どもたちは、私たちが一緒にいると、先を争ってその夫婦の間に入り込もうとした。

愛すれば愛するほど、相手が素晴らしく、可愛らしく、いとおしく思えてくる。
お互い、最高の相手、理想の相手と結婚できたという確信があった。
傍から見れば、それは幻想でしかないのだろうけれど、私たちの中では、それは何よりもたしかな生活実感だった。

     *

初めての子(長男)が生まれたのは、一緒に暮らしてから1年3ヶ月後のこと。
その奇跡的なカワイらしさに、二人ともオヤバカ全開だった。
こんなに可愛いんだったら、将来、タイヘンなことになってしまうと心配したほど。
ほんとうに世界一、可愛い子に思えた。そのときは・・・。

いまその頃の長男の写真を見ると、まるまると太ってマンガのような顔をしている。
たしかにカワイくはあるけれど、どうひいき目に見ても世界一どころか日本一どころか県内、市内一でさえないだろう。
隣近所にもザラにいるようなレベルだと思う。

そのとき私たち二人は、「可愛いから愛する」のではなく、「愛するから可愛い」のだということを悟った。
世界一愛していたから、世界一可愛い子に見えたんだと。
そして、可愛いから、もっと愛するようになる。

それはたしかに幻想ではあり、オヤバカな思い込みではあるけれど、私たちの心のなかでは紛れもない真実だった。

     *

大切な人だから愛するのではなく、愛するからこそ大切な人。
世界一愛しているから、世界一大切な人であり、かけがえのない人になる。

私の妻がこれからどうなろうと、世のほとんどの人にはじっさい何の関係もないことかもしれないけれど、私にとってそれは、人類の未来よりも大きなことに感じられる。

一緒になってからずっと、妻は、私にとって世界そのものだったし、今も、そしてこれからもずっと、そうであり続けるに違いない。

ずいぶん前、それぞれどちらのほうが相手を深く愛しているかということを話したことがあった。
お互い、相手の愛の大きさ、深さを感じていたから、引き分けということにした記憶がある。

いま思えば、私は完全に負けていたような気がしてならない。


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人気の記事 | 【2010-10-01(金) 16:53】 | Comments:(13)
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妻の涙 【2010-10-03(日) 22:31】
日曜日。予報がはずれて、とても良い天気になったので、車イスで外に連れ出そうと思ったけれど、時間が遅く、暗くなりかけていたため、今日も病室でお話を。

  最近、私、ちょっと涙もろくなったかも・・・
  人の優しさに触れると、わりとすぐにウルッと来てしまうんだよね。
  もちろん、まだ、あなたほどではないけれど・・・

     *

妻は、テレビを見ていて、ちょっとでも感動的な場面になると、すぐにグスッとなる人だった。

いかにも安っぽいお涙頂戴的シーンでも、演出のネライ通りに、いつもいつもストレートに反応する妻に、私は「あーあ、まんまとテレビにのせられて・・・」とヤボな言葉を投げていたっけ。

ほんとは、妻のそんなところが大好きだったんだけれど。


いつだったか、宗教の伝道の人がたずねて来たとき、妻は、インターフォン越しにも関らず長々と涙ながらに話し込んでいたことがあった。

話に耳を傾けてみると、どうも子どものことや夫のことをベラベラとしゃべっているらしい。

「いまは人間関係で悩んでいる人が多いですよね」というような相手の投げかけに対して、「私は家族の愛に満たされているから幸せです」というような話の流れだった。

相手の人が聞き上手(商売柄?)で、適宜にほめてくれるものだから、自分の家族がどんなに素晴らしいかということを、ほとんど検閲なしの状態で、涙も鼻水もズルズル流しながら、話しまくっていた。

あとで私は「見ず知らずの人にそんなことまで言っちゃダメだよ。しかも泣きながら・・・」と、ちょっと怒ったように注意したけれど、ほんとはあの時、「なんて素直で純粋でかわいい人なんだろう」と、ちょっと誇らしかったんだ。

妻の涙。悲しくて流したことよりも、嬉しくて感激して流したことのほうが多かったと、思いたい。


夫婦の時間/想い出 | 【2010-10-03(日) 22:31】 | Comments:(2)
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おみやげ分配のルール1 (残酷物語?編) 【2010-10-05(火) 19:02】
我が家の子どもたちは男ばかり3人。

夫婦が仲良く、尊敬し合っていれば、それだけで育児教育の土台は、ほとんど出来上がったようなものと考えていたけれど、それでもいくつか、実験?のような育て方を、妻と一緒に面白がりながら実践していた。

その一つが、「おみやげ分配のルール」

自宅が会社なので、たいていの仕事は家でパソコンに向かって、ということが多いのだけれど、週に1回ぐらいは打ち合わせや取材などで外出することがあった。

いうまでもなく子どもたちは、帰りのおみやげを期待している。

賢明な父親なら、なるべくケンカにならないように、同じ物を3個か、3等分しやすい物を買うのだと思う。

ところが私は性格がひねくれているせいもあって、あえていつも違う物ばかりを買って帰った。

たとえば、ミルクプリンと、エクレアと、ロールケーキとか。
だいたい1個100円以内。
種類がバラバラなだけではなく、その数も2個とか、4個とか、とにかく、簡単には割り切れない数、分けられないような物同士の組み合わせにしていた。

当然、子どもたちの間では、誰がどれを取るかという争奪戦が始まる。

そのとき私は、「もしケンカをしたり、スネたりしたら、すべて没収になるからね」と、冷たく言い渡す。
さらにもう一言。「ジャンケンは禁止。話し合いで決めるように」と。

値段や、見た目や、大きさなどで品定めをしつつ、3つ巴の激しい議論がはじまるけれど、ケンカにならないように、スレスレのところで、譲歩したりクールダウンしたりと抑制がかかる。

ここでのポイントは、その交渉には親は一切口出しをしないということ。

とにかく、一旦「ケンカ」と判定されたら、目の前にある「幸せ」を、すべて失ってしまうから、子どもたちも慎重だ。

もちろん、その限界ラインをはみ出してしまうことも何度かあった。

たいていの場合、その火元は、まだ幼く感情のコントロールが難しい3男。

くすぶり始めたところで、なんとか止められればいいのだけど、まだまだ修行の足らない長男がエラそうに説教を始めると、かえって火に油を注ぐことになってしまう。

2男が止めに入っても、1と3の戦いはどんどん加熱して、決定的なケンカ状態に・・・。

そんなときは、私と妻ですべてを食べることになる。
ザンコクなことに、子どもたちの目の前で。
しかも、とてもおいしそうに。

「ああ、せっかくパパが買ってきてくれたのに」
「こんなにおいしいのに、なんでいらないの? お菓子を食べるより、ケンカのほうが楽しいの?」

と、皮肉たっぷりに。意地悪く。

子どもたちが「ちょっとだけ、ちょうだい」と言っても、

「でも、すべて没収という約束だから、パパもどうしようもないんだよ。約束は守らないとね」

「もともとパパは、君たちに食べさせたくて買ってきたのに、それがこんなことになったんだから、かわいそうなのは、パパのほうだと思わない? プレゼントを自分で食べてるんだから。しかもメタボに悪いし・・・」

「ああこんなことなら買ってこなければよかった。みんな仲が良い兄弟なのに、こんなおみやげを買ってきたばっかりにケンカになってしまって・・・。ゴメン」と言いながら、おいしそうに食べる。

(ここだけ読むと、なんてひどい親だろう、という感じです)

ただ、許しがないかというとそうでもなく、救いの道も残されている。

 ※書いてたら面白くてついつい長くなったので、この続きは次回に・・・。

子どもたち | 【2010-10-05(火) 19:02】 | Comments:(6)
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おみやげ分配のルール2(救いの裏技編) 【2010-10-06(水) 23:00】
今朝、妻の夢を見た。

はっきりとした姿で登場したのは、1月に倒れてから初めてのこと。

妻は台所の冷蔵庫の前で、こちらを見て静かに笑っていた。

私「なにしてるの?」

妻「なにが食べたい?」

私「なんでもいいよ」――思えば、いつも私はそう応えていた。「あれ? 話ができるの?」(話せることの前に、そこに立っていることにはなぜか驚かなかった)

妻は静かに笑いながら、うなづいてくれた。

(ああ、これでまたみんな一緒に暮らせる)――そう思って心から安心した…と思ったら目が覚めた。

     *

あとで子どもたちにその話をしたら、

長男は「1年くらい先の現実を見たんだよ、きっと」

2男は「母さん、ほんとに来たんだと思う」

3男は「父さんばかりズルイ」と言って、グスっと、ひと雨きそうな感じ。

ああ今も、そのときの印象が焼き付いて離れない。そのときの声が頭の中で何度もリフレインする。

     *

■さてさて「おみやげ分配のルール2(救いの裏技編)」、先回からの続きです。

ケンカしたら、おみやげのスイーツはすべて没収というのが原則だけど、ただ、許しがないかというとそうでもなく、救いの道も残されている。

それは、ゼッタイに約束を曲げない(はずの)パパも、ママルートだと、なんとかなる可能性が高いということ。

「ママが心から願うことは、パパはどんなことでも聞いてくれる」という裏技(最終兵器?)があることを、子どもたちは知っている。

ようするに、子どもたちがママとの間で、「何でも言うこと聞きますから」とか「お手伝いをしますから」とか「たくさん勉強しますから」とか、とにかくなんとか密約を結び、ママからパパにお願いしてもらうということだ。

ただ、そもそもママの心を掴むことも、そんなに簡単ではないから(何度も裏切ってきたし)、いったん取り上げられたお菓子が子どもたちの口に入ることは、あまりなかったけれど。

それでも、「約束」が本当に実行されるということを経験していくにつれて、子どもたちは、ケンカを回避する方法を工夫するようになった。

いざ3男がくすぶり始めると、もう抑えが効かなくなる可能性が高いので、それこそ慎重に慎重に説得工作が始まる。

こうしたことを通して、子どもたちは、「共にハッピー」か「共にガックリ」という連帯関係のなかで、自分の欲求と相手の欲求のバランスの取り方を学んでくれたように思う。


 この話、また続きます。ひっぱってすいません。

子どもたち | 【2010-10-06(水) 23:00】 | Comments:(2)
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おみやげ分配のルール3 (兄弟ゲンカの効用編) 【2010-10-07(木) 22:22】
<先回からの続き>

数も種類もバラバラのおみやげスイーツを、子どもたちはアーダコーダと言い合い分け合いながら、とりあえず自分の物をキープする。

物によっては値段や大きさなど、そのグレードに差があったりする場合が少なくない。
そういう時は、ハイグレードな物を手にした者は、それを他に分け与えるという契約が前提になっていたりする。

また、いろいろな種類のスイーツがあると、そのすべてを味わいたいため、それぞれが自分の物を手にした状態から、「これちょっとあげるから、それちょっと食べさせて」というように取引交渉も始まる。

さらには、何よりもママに、そしてパパにも「上納」しないといけない(のではないか)というプレッシャーもある。(これをきっちりやっておかないと、次にひびく可能性が高かったりする)

たとえば2男(Y)が自分の分を少しママに食べさせる。

「ああ、おいしい! Yがくれたお菓子は、すごくおいしいね!」と言うと、今度は長男も3男も、「こっちのほうがおいしい」「こっちも食べて」ともってくる。

こうして、子どもたちそれぞれが手にしているスプーンは、いつもすべての家族の口に入ることになる。
(そのフシギな風習は、現在に至るまでずっと続いている。)

そして「みんなで食べるとおいしいね、また買ってくるからね」と、パパが言ってハッピーエンド。というわけです。

     *

いま思えば、ことあるごとに兄弟ゲンカが起きるような状況を、あえて演出していたような気もする。

ちょっとでもケンカしたら、「もう絶交!」となりがちな今の時代の友達関係。

だけど兄弟であることの特権は、どんなにケンカしても、そのすぐ後に、一緒に同じ釜のメシを食べ、同じ部屋に寝るしかないという定めから逃れられないこと。

ケンカがどのようにして発生して、どうやって関係が修復していくのか、実践的に教えたかった。
それで、せっかくだから今のうちにたくさんケンカさせておこう…と夫婦で話した記憶がある。

武器を使うなど危険なことをする場合を除いて、どんなに熾烈な戦いになっても、親は原則不介入を貫いた。

ただ、「デブ」とか「死ね」とか、そういう言葉を発したら、その瞬間に、どっちが悪いというのとは全く無関係に、その言葉を発したほうを、徹底的にとっちめた。

相手の人格や心を傷付ける言葉や行為は許さない!と、鬼みたいな顔をして、ものすごい剣幕で怒った。鉄拳制裁も辞さなかった。

「言葉に責任を持て」と、今まで幾度説教したことか。

そのせいで、「また、父さん約束破った。言ったことに責任持ってよ!」と、いつもいつも糾弾されてしまうのだけれど。

子どもたち | 【2010-10-07(木) 22:22】 | Comments:(4)
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寂しさがやって来る方角 【2010-10-09(土) 12:13】
3連休の初め。朝から冷たい雨が降って肌寒い1日。

いつもなら、妻が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、シナモンをかけたチーズをかじりながら、撮りためた映画でも観ながら、2人よりそっていたはずの時間。

こんな日は、独りでいることの寂しさが、いろんな方角から迫ってくる。

妻が好きだった花柄ペアのティーカップ。

キッチンのハンガーにかかったままのエプロン。

妻がかわいがっていた鉢植えの植物たち。

写真立ての中で真夏の向日葵のように輝く妻の笑顔。

深く愛していたから、その相手の不在がこんなに寂しくなる。

いや、妻がいないことが寂しいのではなく、逆につながっているからこそつらいのかもしれない。

いつも訪問するブログに、こんな文章があった。

「こんなに涙が出るのは、夫と離れてしまったからじゃないんだってわかった。繋がっているから悲しいんだ。こんなにしっかり繋がっていなければ、離れていても悲しくなんてないもんね。ぎゅっと固く結ばれてる、その繋ぎ目の所が痛いんだ。」 (「終わりははじまり」9/22付)

ほんとに、ほんとに、ほんとに、そうなんだ・・・と思った。

部屋中のあちらこちらのものが、妻につながっている。

そこに触れるたびに、そのつなぎ目から感傷がやってくる。

それは、つらいことではあるけれど、でもその痛さによってこそ妻とのつながりも感じられる。

その痛さの先に、懐かしく優しい思い出がひろがっているんだ。

     *

雨のせいで朝の散歩がスルーされて退屈モードのラッキーが、音の出るオモチャを持って遊びの要求をしてくる。

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噛むたびにピーピーと鳴る音が、あまりに現実で明るいので、私は秋の感傷から引きずり出されてしまう。

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人気の記事 | 【2010-10-09(土) 12:13】 | Comments:(6)
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ラッキーと久し振りの散歩 【2010-10-11(月) 18:24】
朝から秋晴れの1日。

予備校の授業のある長男をのぞき、2男と3男そしてラッキーも一緒に妻の所に行くことになった。

私が新規開拓した病院近くの、とびきりおいしいラーメン付(しかも特盛)ということで、とくに3男は大はしゃぎ。

ところが、あまりにはしゃぎ過ぎて、出かける直前、車のドアに頭をぶつけてしまった。

見たところ、たいしたキズではなかったけれど、本人があまりに痛がる(これ、いつものこと)ので

  a:病院に行って診てもらうか
  b:母さんの病院(ラーメン付)に行くか
  c:家で寝ているか

どうする? 自分で決めていいよと聞いたら、bとcの間で悩みに悩んだ末、家で寝ているということになった。

というわけで、2男とラッキーは、久し振りに母とご対面。
40分間ぐらい、病院の周りを散歩した。

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抱っこは難しかったけれど、頭をなでてもらったラッキー。

ちょうどそのころ、3男から「退屈だから早く帰ってきて」という電話があった。

必要以上に痛がると(痛いフリをすると)、あんまり良いことはないようだということを、思いっきり学習したに違いない。

並んで食べたラーメンは、やっぱりおいしかった。

子どもたち | 【2010-10-11(月) 18:24】 | Comments:(7)
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ふるさとの秋の味 【2010-10-13(水) 21:13】
山形の実家から、採れたての松茸が届いた。

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一つ違いの私の弟が、朝、まだ暗いうちから山に登り、親兄弟にも内緒と言われる秘密の場所に行って採ってきた秋の味。そしてふるさとの味。

松茸が採れたら、たいていはその日のうちに、あちこちに送ってしまう。

我が家の優先順位は何番目ぐらいだろうか。不作だった去年は届かなかったけれど、今年は猛暑のおかげで大豊作らしい。

妻がいたら、踊りながら喜んでいたはずの贈り物だ。

毎年、実家の母に聞いて、とびきりおいしい松茸ご飯を作ってくれた。
ふるさとのコシヒカリ+ふるさとの松茸という、最高の秋の味を楽しむことができた。

今年はとりあえずホイル焼きにして、そのままみんなで食べてみた。

やっぱりおいしかった。子どもたちも大喜び。

感謝!

雑想 | 【2010-10-13(水) 21:13】 | Comments:(4)
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スッキリ顔の妻 【2010-10-14(木) 22:22】
4時ちょっと前、部活がなかったらしく3男(K)が早く帰って来たので、ラッキーの世話を頼み、私は病院へ。

ラッキーに熱烈な片思い状態のKは、ラッキーと2人だけになれることをとても喜んでいた。

ラッキーはKが帰って来ると捕まえられるのを警戒してか、私の所に身を隠して唸ったりするのだけど、それでも、他に誰もいなくなると、彼の膝の上におとなしく乗っかっているらしい。

Kは、それが嬉しくてたまらない。

     *

さてさて3日ぶりに見た妻はいつになくスッキリとした顔をしていた。
どちらかというと、もともとはかわいらしい感じの顔なのだけれど、こうしてじっと見つめられると、表情がないせいか、あるいは、むしろそれだけに無垢な表情だからか、ハッとするほど美しくさえみえてしまう。

月曜日、2男+ラッキーと来た時、少し熱っぽかったのに散歩に連れ出してしまったから、少し心配していたけれど、熱も下がってとても元気なようす。

   熱、下がってよかったね。
   山形から松茸が届いた。
   今年は大豊作なんだって。
   松茸ご飯、上手に作る自信がなかったから
   ホイル焼きにして食べた。ゼータクだよね。
   おいしかった。ふるさとの味がした。
   来年は、あなたがつくった松茸ご飯、食べたい。
   子どもたちには、あなたの味がふるさとの味。

安定期/リハビリ | 【2010-10-14(木) 22:22】 | Comments:(7)
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幸せのイメージ 【2010-10-16(土) 23:59】
妻の病院へは明日、日曜日に行く予定だったけれど、仕事の打ち合わせが入ってしまったので、急遽、今日行くことに。

2男と3男に声をかけたら意外にも「行く!」と即答!
母に会いたいのか、行列ラーメン(しかも特盛)付きだからか・・・。

3男は先回のリベンジ?(→10月11日の日記)
頭を打たないように、慎重に車に乗った。

もちろんラッキーも一緒。
ちなみに長男は予備校の自習室。

病院に向かう途中にある大きな公園で寄り道。
渋滞でストレスがたまり気味のラッキーを遊ばせた。

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(いつのまにこんなに大きくなったんだろう…)

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2男と、3男を見て、しみじみとそう思った。

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妻が大好きだった自然林が広がる公園。

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初めて来た頃は、3男はまだベビーカーに乗っていたっけ。

     *

病院に着いてすぐ、妻を専用の車イスに乗せ、病院の周りを散歩。

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秋の優しい日差しのなか、母の車イスを押す子どもたち。
今年の初めごろには、想像もしなかった光景。

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だけど、あまりに普通で自然な感じがして、私のほうがとまどってしまった。

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子どもたちに囲まれて、心なしか誇らしく、なんだか自慢気にさえ見える妻。

  そうだね。みんな、あなたが生んで育てた子どもたちだ。
  そういえばラッキーでさえ、自分が生んだような気がするって
  あなた、言ってたよね。
  「私は身に覚えないけど。しかも種が違うし」と言ったら
  「聖霊によって身ごもったの」って。
   ――ああ、だからラッキーは私たちの救いなんだね。

     *

いつも思うことだけど、私がそれを受け入れさえすれば、たとえこんな状況でも幸せのイメージが漂ってくる。

そんなときは、現状を脱出しなければという思いと、現状を受け入れようという思いが、微妙に交錯するのです。

人気の記事 | 【2010-10-16(土) 23:59】 | Comments:(6)
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告白(その1) 「非・人間宣言?」編  【2010-10-18(月) 23:58】
今から20年ぐらい前、2人で一緒に暮らし始めて1ヶ月が経ったぐらいの頃のこと。

「ココロもカラダも、自分のことをぜーんぶ分かってもらって、それでぜーんぶ受け入れてもらってるって、なんだかスゴーイ安心感があるの」

「そうだね。私も同感!」

ココロもカラダもお金も希望も未来も喜びも悲しみも、すべてを明け渡し共有し合う関係――2人で暮らしていくなかで、夫婦とはそういうものだという実感を深めていた。

「私たちって、なあんにも隠し事ないよね。最高の夫婦関係だよね」と妻。

そのときの表情が、あまりに満ち足りて、昔の少女マンガみたいに瞳がキラキラしておかしかったから、私はちょっとからかってみたくなった。

「・・・」

「隠し事、ないよね?」

「・・・」

「なんかあるの?」

「じつは・・・」

「え?」

「驚かないで聞いてね。じつは・・・いや、やっぱりまだ止めておこう・・・」

「なによ、すごく気になる。早く言ってよ」

「じつは・・・」

妻は、心臓の音が聞こえてきそうなほど、ドキドキしているようす。

「私、ほんとは人間じゃないんだ」

「はあ? それどういう意味?」

「宇宙人」

「ナニそれ?!」大笑いする妻。

「ばかみたいな話だけど、ほんとの話だよ」

「またあ、冗談言わないでよ、バカバカしい!」

「でもね、ほんとなんだ。今まで黙っててゴメン」

私がいつになくマジメな顔で言うものだから、妻もちょっとだけ不安になってきたようす。

「じゃあ、どこから来たのよ?」

「M78星雲」

「アハハ!! それ知ってる! ウルトラマンの故郷でしょ」

「ドラマ上はね。正義の味方の星として地球人に良いイメージをもってもらうために、ウルトラマンは、私たちがメディア戦略の一環として作りあげたんだよ」

――私の深刻な顔に、妻の笑い顔が引きつりだした。
まさか、こんな話を信じるなんてありえないと思っていたのに、この人、少し信じ始めている・・・そう思うと、私もワルノリをやめられなくなってしまっていた。
とくに話の展開を考えていたわけでもないのに、口から出まかせでいろんなことをしゃべりまくった。

「『未知との遭遇』や『ET』という映画があったでしょ。あれも、それまで『宇宙人=侵略者・怖い』というイメージを変えるために、私たちが作った映画なんだ。スピルバーグは、私たちの仲間だよ」

「じゃあ、あなたもあの映画のETみたいな姿なの?」

「いや、あれはドラマ上の演出。姿形はこのまんま。人間と同じ」

「それ、ほんとにほんとの話?」

「ほんとに、ほんと」

――今にも泣き出しそうな妻の顔があまりにカワイくて、もうちょっとだけ先まで行ってみようと思った。
ああ、それが悲劇の始まりだったのです。

     <続く>

人気の記事 | 【2010-10-18(月) 23:58】 | Comments:(6)
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告白(その2)  「妻を泣かせた日」編 【2010-10-20(水) 22:04】
久しぶりに平日の昼から病院に来ることができた。
今日は原稿を書くだけの仕事だから、ノートPCがあれば、ありがたいことに妻の隣でも作業できる。

病室に入ると「リハビリ中」の札。

リハビリ室では、いつものイケメンPT(理学療法士)のSさんと助手の若い女性が、妻を座らせたり立たせたりしていた。

Sさんは、妻を抱きかかえながら、「お顔を見ると、肌がキレイで、だんだん若返っているような感じですね。あまり日に当たってないからでしょうか」と言ってくれた。

「いや、きっとリハビリのおかげですね」と私。

「ええ? リハビリは、関係ないと思いますよ」とSさん。

「それじゃ、たぶん若い人たちに囲まれているからかも・・・」

――何はともあれ、今日も妻はリハビリに励んで(励まされて)いた。

その疲れで今はぐっすり眠っているようす。

仕事の原稿も区切りがついたので、こうして妻のベッドの横でこのブログを書いています。
(UPは夜になると思うけど)

     *

<先回の続き>告白(その2) 「初めて妻を泣かせた日」編 です。

宇宙人だなんて話、まさかホンキで信じるとは思わなかった。
でも、この人なら、そんなことさえも信じてしまうのかもしれない…どこかそんな気もしていた。

はじめは軽い冗談のつもりだったのに、相手が信じ始めていることに、ちょっと驚きつつも、多少の快感?もあって、そろそろ種明かしをしないとと思いつつも、さらに先に進んでしまったのだった。
(そもそもタネなんてない、ただのウソだし)


「じつは、地球上には私のような宇宙人がたくさんいて、なんとか滅び行く地球を守ろうと働いているんだよ」

「じゃ、なんで私と結婚したのよ?」…ちょっと涙目。

「私たちと一緒に活動できるココロのキレイな地球人を探していたら、あなたと出会ったってわけ。ほんとは結婚はダメなんだけど、好きになってしまったから、どうしようもなかった」

ああ、もうこのあたりで止めよう・・・と思いながら、とにかく「星間航法」のことや「宇宙平和」のことなど、口から出任せでいろんな話をしたような気がする。

妻の顔は、どんどん深刻になっていった。自分はとんでもない使命(つまり地球を救って、宇宙平和に貢献する夫を支える?)を担わされてしまったと思い始めているらしい。

「私は、あと半年ぐらいで、一度、故郷の星に帰らないといけないんだ。でも、また帰って来るから心配しないで」

「いつ帰って来るの? そんな遠くに行ったらもう帰って来れなくなるよ」…かなり涙目。

「だいじょうぶ、帰ってくるって。さっき星間航法の話したでしょ」

「ゼッタイいや! 行かないで! ずっと私の傍にいてよ!」

…ああ、とうとう大泣きしてしまった。ようやく私は、”あれ、ちょっとマズイぞ”と思った。

「どうしても行くんなら、私もついて行く!」…駄々をこねる子どものよう。

「アハハ(と笑ってごまかしながら)、ゴメン、ジョーダンだよ、ジョーダン! 私が宇宙人なわけないじゃん」

「ウソ! あなたは宇宙人よ。私、なんとなく分かってた・・・。そんな気がしてた」…(え? ど、どこが?)

「私、宇宙の果てまでだってついて行くから!」…どこか遠くを見ているような眼差し。

(ああ、なんかもうめちゃくちゃ・・・まるで古臭い映画のワンシーンのよう)

「ほんとに冗談だってば。私は普通の人間だよ」

「ウソ! 宇宙人」

「人間だって!」

「ウチュウジン!」

「ニンゲン!」

「じゃ、ショーメイしてよ」

「…うーん、ええと、納豆が好きだ!」

「ナニよ、それ?」

「宇宙人が納豆を好きなわけないでしょ?」

「宇宙は広いから、そういう宇宙人だっているかもしれないじゃない」

「あのね、そういう問題じゃないでしょ。とにかく私は人間で、あなたの夫!」

     *

――ああ、こんなこと書いていたら、延々と続きそうなので、このあたりで止めよっと。

漫才みたいで作り話のようなやりとりだけど、わが家庭草創期の頃に「本当にあった怖い話」です。

なんとか「人間」として認めてもらってからも、その後1ヶ月ぐらいは、ちょっと離れた所からじっとこっちを見ている妻の視線を感じていました。
そのうち正体を現すんじゃないかと、監視されていたんだと思います。

――長々と読んでいただいたのに、つまらないオチでスイマセン――

     *

それぞれ全く別々の人生を生きてきた2人が一緒に暮らすということは、オモシロくもあり、オドロキもあり、ですね。

そういえば同じように、衝撃的(笑撃的?)な事件について書いたのが「トイレにカギをかけるようになった日 (2010年3月20日)」という記事です。


人気の記事 | 【2010-10-20(水) 22:04】 | Comments:(11)
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カートを押す夫たちの幸せ 【2010-10-23(土) 14:49】
ここ数ヶ月間、日常の買い物は私が1人ですることが普通になってしまったけれど、妻が倒れる前日までは、いつも2人一緒に出かけていた。

妻は車の運転もできるし、買う物はほとんど食材だから、私がいてもあまり役には立たないのだけれど、いつも「一緒に行こう」と誘われた。

「仕事、まだ途中なんだけど・・・」

「いいじゃん、気晴らし気晴らし!」

「私が、ここで1時間仕事をするのと、1時間買い物に付き合うのと、わが社にとって、どっちがプラスかなあ。名誉会長(裏の社長)としてはどう思う?」――なんていう皮肉も、「今夜はおいしいもの作ってあげるから、ね、行こう行こう!」というストレートな誘惑で吹き飛ばされ、結局いつも付き合うことになった。

平日昼時の店内。たいていは奥さんが一人で買い物をしている。
こうやってダンナがカートを押して奥さんの後をついて回っているのは、きっと自分ぐらいだろうな、と思っていた。

あれこれ食材を物色しながら楽しそうに買い物をする妻を見ていると、それなりに幸福感はあったけれど、あまりに日常のことなのでありがたさも薄れ、とにかく早く帰りたくて「何でもいいから早くして」と、急がせていたばかりいたように思う。

いま思えば、妻は「夫婦で買い物をする」という何でもない日常、買い物という行為そのものが、楽しかったんだろうと思う。だから、いつも2人で行こうとしていたんだろうね。

     *

妻が倒れてからは、夕方から夜にかけて1人で買い物に行くことが多くなった。
惣菜などが半額になっていたりするので、お手軽に1食分ができてしまう。

その時間帯、店内を見渡すと、「カート夫」が予想以上に大勢いることに驚く。

「今夜は、煮物でいい?」とか、「これ、どう? 食べたい?」とか聞かれて、「ああ」とか、「そうだね」とか、「なんでもいいよ」とか、応えている。

それはまさに1年前の自分の姿そのものだ。
一見、夫たちは退屈でつまらなそうだけど、それがどんなに幸せなことか、今は身にしみて感じる。

「これでおいしいスープ作ってやっからね!」――妻と同じような年代の「肝っ玉お母さん」という感じの人が、大きな肉のかたまりを手にとって、カートを押す夫に得意げに語りかけた。
きっと、ダンナの好物なんだろうなあ。

そんなときは、自分が独りでいるということが浮き彫りになっているようで、ちょっとだけつらくなる。

妻が作るスープは、いつもおいしかった。
味噌汁も中華スープもポトフも。煮物も炒め物もおいしかった。
カレーもシチューもパスタも野菜炒めも肉じゃがも青椒肉絲もクッパもぶっかけうどんも生姜焼きもサラダも手作り餃子も手作りハンバーグも、ぜんぶおいしかった。

今スープは、お湯を注ぐだけのインスタントものですませてしまっている。
ときどき、料理の得意な長男がポトフを作ってくれるけれど。
それなりにおいしい。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-10-23(土) 14:49】 | Comments:(15)
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不思議な夢 【2010-10-24(日) 19:48】
不思議な夢を見た。

なかなか部屋が片付かなくて、ちょっと途方にくれ気味の午後。
日ごろの寝不足がたたってか、目から胸のあたりに眠気が広がってきたので、ソファにもたれかかり、ラッキーと一緒に昼寝をしていた時のこと。

目の前にエプロン姿の妻が現れた。
いつものようにニコニコ笑っている。

夢の中の私は、なぜか自分が今ソファで眠っているということを知っている。

「あれ、夢に出てきてくれたんだ」

そう言うと、妻は静かにうなづいた。

「夢なのに、なんだかほんとにそこにいるみたいだね」

妻は、ただただ微笑んでいる。

「夢だから、しゃべれないんだね」

少し悲しげな顔をした(ように見えた)

これは夢であるということがはっきりと分かっている夢――そういう夢を見たのは初めてのこと。
とてもフシギな感覚。

それに比べて、目の前に現れた妻は、とても夢とは思えないほど、物理的にリアルに存在している感じだった。

触れてみたかった。
抱きしめたかった。

でも、触れた瞬間に消えてしまいそうな気がして、なかなか踏み出せなかった。

「ちょっと、触ってもいい?」

かすかに頷いたように見えた。

右のほおに手を当てると、暖かで、すべすべしていて、懐かしい妻の肌だった。

「夢なのに、ちゃんと触った感触があるんだね」

そんなことを言っても、妻はただ笑っているだけ。

髪の毛に触れると、とても柔らかな感じがした。

白髪、いつの間に染めたんだろう――そう思っていると、目が覚めて、現実が戻ってきた。

私は、ラッキーの柔らかな背中を撫でながら、ソファにうずくまっていた。

眠っていたのか、白昼夢のような幻想だったのか、とてもとてもフシギな時間だった。


  幻想が向ふから迫つてくるときは
  もうにんげんの壊れるときだ

――そんな賢治の詩が思い出された。

     *

夢で会った妻は、いま私の横でスヤスヤ眠っている。

「今日の昼、私の所に来てくれた?」

そう聞いても、ただじっと見つめているだけだった。

「ごめんね、毎日来れなくて。はやくまた一緒に暮らせるといいね」



夫婦の時間/想い出 | 【2010-10-24(日) 19:48】 | Comments:(4)
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ワインの語らい 【2010-10-26(火) 14:11】
昨日の夜は、親しい人たちと、ワインを飲みながらの団欒のひと時を過ごした。

以前は、ほぼ毎月集まっていたけれど、去年の暮れ、妻と一緒に参加したのを最後に、私はずっと欠席していた。

あれから10ヵ月ぶりの集い。とても楽しかった。

極上のワインと、おいしい手料理。

サッカーの話や、日本文化論、教育論、妖怪やお化けの棲家、新しく購入した車、日本トイレ事情、国際情勢など、いろんなテーマをめぐって、自由に語り合う。

頷いたり反論したり、食べたり飲んだりしながら、それぞれへの理解を深め、違いも認め合う。

ギリギリまで話し込むので、帰りはいつも終電。

日をまたいでしまったけれど、少し雨が降っていたから長男が車で迎えに来てくれた。

こんなに遅くなっても、ラッキーはきっちりと大はしゃぎで迎えてくれる。

ごちそうさまでした。

雑想 | 【2010-10-26(火) 14:11】 | Comments:(2)
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母は強し(恐し?)! その1 【2010-10-27(水) 19:38】
こんな独り言のようなブログ、いつも読んでいただき、ほんとうに感謝です。アクセス数が増えていたり、ランキングが上がっていたりすると、わけもなく元気になったりします。

ところで、いただいたコメントを見るにつけ、どうもウチの妻のイメージが、「ピュアで可愛らしく可憐で明るくて優しい」という方向に、ちょっと偏向?しているようが気がしないでもありません。

たしかにそれは、私から見ると、すべて真実ではあります。真実ではありますが、じつは、それとは全く別方向の一面ももっているのでした。ニンゲンって奥深い。

そのエピソードをいくつか書いてみます。

     *

3人の子どもたちのうち、長男(T)と2男(Y)は、小学校に入った頃から卒業するまでずっとイジメにあっていた。

Tは口数が多くナマイキなところがあったし、Yは、いつもボーっと何か空想しているようで周りとなじまなかったので、そのあたりがイジメの要因だったかもしれないけれど、より直接的な理由は、我が家の教育方針であった次の2点が考えられた。

 ●友達は大切だけど、意味もなく群れないこと。
  独りでいることは決して悪いことではない。

 ●携帯型ゲームは持たせない。
  当時はゲームボーイが主流。持っていることが普通だった。

  ※なぜそうしたかは、とりあえず置いといて。また別の機会に。

とくにYに対するイジメはきつかった。
いつも何か面白いことを想像してニコニコ(ヘラヘラ?)笑っているような感じだったのが、高学年になるにしたがって、表情が暗くなっていった。

たしか6年生の頃のある日、少し前まで担任だった先生が退職(転勤だったかも)するということで、教え子とその親が集まって送別会を開いたことがあった。

Yは、また仲間はずれにされるのがいやで、あまり行きたがらなかったけれど、とてもお世話になった先生だったので、母子で参加することになった。

パーティ会場。いろいろなスピーチが終わり、立食形式で食事が始まると、子どもたちもそれぞれグループを作り、騒ぎ出す。

あるグループの何人かが、Yに向かって、何かいやなことを言った。

Yはじっと我慢。

妻は、Yが自ら状況に立ち向かえるように、初めのうちはようすを見ていたらしい。

イジメはどんどんエスカレートして、とうとう「シネ」という言葉まで出てきた・・・。

プッツン!――妻は、キレタ。

「シネとは、どういうこと!? ★※@彡¥&%$#!?」 みんなの前で数分間のお説教。

キレタとはいえ、自分の家で子どもをどなるよりも、ずっと冷静だったと、後でYは証言した。

――せっかくのパーティをぶち壊してしまった・・・らしい。

その後は気まずかったとか、先生がうまくフォローしてくれたとか・・・。

もちろん、その場には相手の母親もいたけれど、それなりにナットクしてもらったらしい。

帰って来たとき妻は、「ああ、スッキリした!」という感じで、涼しい顔で武勇伝を語ってくれた。

Yのほうは、さすがに恥ずかしかったけれど、でも、やっぱり嬉しかった、誇らしかった、と言っていた。

もちろん私は、拍手喝采! 大笑いしながら、話を聞いた。


人気の記事 | 【2010-10-27(水) 19:38】 | Comments:(6)
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母は強し(恐し?)! その2 【2010-10-29(金) 00:18】
独立して会社を立ち上げたばかりの頃。
夫婦2人、ファミレスで安い日替わりランチを食べながら打ち合わせ。
一応、2人で経営している会社なので、重役会議といったところか。

社長と裏社長の2者巨頭会談を終えて駐車場に向かうと、ちょうど隣の車の人がドアを開けて乗り込もうとしていた。
若い夫婦で、奥さんは乳児を胸に抱えていた。その奥さんがドアを開ける時、ウチの車にコツンとぶつかるのが見えた。
それでも、何事もなかったように車に乗って発進しようとしている。

数秒後に車にたどり着いた私は、ドアのあたりに、ほんのわずかなキズを確認した。
それはほんとによく見ないと分からないようなキズだったし、赤ちゃんを抱いているせいで少しバランスが崩れたんだろうと思い、まあいいかとエンジンをかけた。

ところが妻はいつの間にか相手の車の前に立ちはだかって、「人の車にぶつけておいて、そのまま行ってしまうんですか?」と、少し強い口調で詰問している。

「ぶつかったの、分かってますよね? こんなにかわいい赤ちゃんがいるのに、親としてそれでいいんですか?」と、見ず知らずの人にお説教モード。

――なにもこんな程度のキズでそこまで言わなくても・・・と思っていると、相手の奥さんが車から出てきて、

「申し訳ありません。ちょっと当たっただけだと思ったので、だいじょうぶだと思ってしまいました」と平謝り。

ダンナさんも出てきて、「私も気づいていながら、見過ごしてしまいました。ほんとにスイマセン。キズは弁償させていただきます」と、頭を下げた。

「弁償していただくようなキズではないです。そういうことじゃなくて、ただ一言、謝ってほしかっただけですから。もうだいじょうぶですよ。かわいい赤ちゃんですね」

「いや、しっかりと注意していただいて、かえって心が晴れました。どうしても気がすまないので、ご住所を教えていただけないでしょうか。塗装を簡単にカバーできるものもありますし」

ダンナさんがどうしてもと言うので、妻は、出来上がったばかりの会社の名刺を渡して別れた。

     *

「こんなに強い面があったんだね」――助手席の妻にそういうと、

「あの赤ちゃんをしっかり育てて欲しいと思ったら、ついつい言葉が出ちゃった。もし相手が恐い人だったらと思うと、ちょっとゾッとするけどね。でもパパがいるし」

「おいおい、カンベンしてよ・・・」

翌日、その夫婦は、菓子折りと、ウチの車の色の塗装修復ペンを持ってたずねてきた。

妻は、家にあったお菓子をかき集め、ちょっとこれじゃ足らないと思ったのか、実家から届いたばかりの米を袋に入れて無理やり相手に押し付け、「元気に大きくなってね」と赤ちゃんの頭を撫でた。

夫婦の時間/想い出 | 【2010-10-29(金) 00:18】 | Comments:(3)
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母は強し(恐し?)! その3 【2010-10-30(土) 00:06】
「母は強し(恐し?)!1と2」を自分で読み返してみると、なんだか、よけいに妻が「立派な人」みたいな感じになってしまっているようで、ちょっと気が引けてます。
事実ではあるけれど、どうか「妻命」な夫が書いている「欲目」が絡んだ内容であるということで、少し割り引いてお読みください。
とりあえずここで、いかにも「ジコチュー?」な面のエピソードを1つ。

     *

夫婦+ラッキーで散歩をしていた時のこと。
いつもの遊歩道に、ネコが1匹たたずんでいた。

ラッキーは、いつもネコに興味津々。
たいてい自分より小さいので、恐がることなく近づいては、ウナられて後ずさりするというパターン。

この日も同じように、間合いを計りながらソロリソロリと…。
1メートルぐらいにまで近づくと、おとなしそうにしていたネコが急に背中を盛り上がらせて威嚇のウナリ声を上げた。

少しビビッて、後ずさりを始めるラッキー。

私にとってはいつもの光景。ところが・・・突然、妻が、ヴーッとウナリだした…。

ハア!? なにそれ!? と驚く私。

どうも妻はラッキーに加勢しようとしているらしい。

「冗談でしょ・・・」と言って、笑ってしまったけど、どうも妻はホンキでネコを脅しているようすだ。

「ネコ脅してどうすんの? ネコだって自分の場所を守ろうとしてるんだしさ」

私の忠告など、ぜんぜん耳に入らない感じで、ネコと対峙する母と子。

急に日が翳って、その間を冷たい風が通り過ぎた――(ような気がした)。

ああ、なんてフシギな光景。

ネコのほうも、なかなかひるまない。
全身の毛を逆立てて応戦しようとしている。

1分ぐらいにらみ合っただろうか。
いつまでも終わりそうにないので、もう行くよと、強制的にリードを引っ張り、その場を離れた。

「あれさあ、ズルイでしょ。ヒキョーでしょ。オトナゲないでしょ。2対1でさ!」

「だって、ヴーッてすごい声を出すんだもん」

(それって、あんたの声だろうが)・・・どうもわが子のことになると、妻はときどき見境がつかなくなるところがある。

「なにも、ネコを相手にホンキになることないでしょ・・・」

憮然とした表情の妻。

その横顔を見てると、この人、相手がライオンでも向かって行くんじゃないの・・・と思ったほど、コワかった。

(ネコ派の人、スイマセン。ちなみに私はネコも大好きです。というか、ヘビでもトカゲでもカメレオンでも、大好きです。というか、以前、それ飼ってたし・・・。ホントは妻もネコが好きなんですけどね。)

夫婦の時間/想い出 | 【2010-10-30(土) 00:06】 | Comments:(2)
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このブログについて (はじめに 2) 【2010-10-30(土) 18:06】
今日は2010年10月30日。
朝から冷たい雨が降っています。

1月15日、妻が倒れてから、もう9ヶ月半が経ちました。
その4日後の1月18日から書き始めたこのブログ。
まさかこんなに続くとは思っていませんでした。
もっと早く快復すると思っていたからです。

当時52歳だった妻も、今は53歳。
まだ意識は戻っていませんが、状態は安定しています。

もちろん、回復への希望はずっと持ち続けていますが、「このままだと不幸だ」「人生真っ暗だ」とも思っていません。(そう思った時期もありました…)

今の現状も受け入れ、そこに幸せを感じられるように、4人の息子たち(1ワン含む)と力を合わせ、心を合わせ、助け合いケンカし合いながら、日々を明るく生きています。

なによりも妻本人に痛みや苦しみがないということが、私たち家族の心に平安を与えてくれています。

妻が倒れてからの激動の数ヶ月間、友人知人はもちろん、このブログ経由でも、多くの皆さんに助けていただきました。

とくに最初の3ヶ月間ぐらいは、書くことで、混乱する頭と心を落ち着けることができました。
続けてこれたのは、こんなブログでも読んでくれる人がいるという実感があったからです。

コメントをいただくことは、ほんの一言でもとても嬉しかった。

「これからの人生、なんの意味があるんだろう」――なんて落ち込んでばかりいたとき、励まされたり慰められたり涙したり笑ったり――ブログを通じて人の心のぬくもりを感じると、「ニンゲンっていいなあ」「ジンルイはまだまだ大丈夫だ!」「地球の未来はアカルイ!」なんて、思えてしまいます。

1月18日の最初の日記でも書いたように、病状報告というのがこのブログを始めた主な目的でしたが、現在は「家族の記録」「思い出話」のような内容が中心になってきています

将来、私と妻の子どもたちの子どもたちの子どもたちの、そのまた子どもたちが、「ご先祖さまは、こうして一生懸命に生きてきたんだね」――なんて語り継いでもらえたら、オモシロいなあと思ってます。

もちろん、意識が戻った妻にも読んでもらいたい。
しばらくは体が動かないだろうから、良い退屈しのぎになるはず。

妻の状態に劇的な変化がない限り、こうした傾向は続くと思います。

また、気軽にコメントください。


  <追記>

夜になってもまだ冷たい雨が降り続いています。

ラッキーの散歩もずっとおあずけのまま。

いつもなら、どうしようもなく気が滅入って、妻の不在を強く意識させられてしまいがちな1日。

だけど今は、なぜかフシギな幸福感に包まれています。

みんなで大掃除をして部屋がキレイになったからだろうか。

それとも、自分のなかで何かが変りつつあるのだろうか。

今日は私たち夫婦にとって、特別な特別な日。


はじめに(私たちのこと) | 【2010-10-30(土) 18:06】 | Comments:(11)
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子どもの自慢話はネズミも食わない? 【2010-10-31(日) 20:01】
日曜日。
妻に会いに行きたかったけれど、ここ数日の急激な気温の変化にやられたのか、どうも風邪気味で少し熱っぽい感じ。
無抵抗な妻に風邪をうつしたりしたらかわいそうだし、諦めた。

     *

妻は、3人の息子たちを心から愛した。
3人とも、自慢の息子だった。

学校の成績は・・・とりあえず・・・まあ置いといて、なによりも、明るく、前向きで、素直で、優しく、親を慕い、大人を尊敬し、世界を肯定的に受け止めている――3人とも、そんな良いところをもって育ってきている。

妻が倒れてからのこの期間、それで私もずいぶんと助けられた。

子どもの頃の私は、父親に反抗してばかりのヒネクレ者だったので、とても自分の子とは思えない。

良いところは、全部、妻から相続した宝ものに違いない。

妻は、この子たちを生んだこと、その母親になれたことを、奇跡的なほどに喜んでいた。

だけど、いや、だからこそ、夫婦でいつも気をつけていたのが、人との会話の中で、決して子どもの自慢をしないようにということ。

明るくて根のない自慢話や笑える親バカは、それなりに愛嬌があって面白い時もあるけれど、それを聞く人によっては、自分の子どもと比較されているようで、いやな気持ちになるかもしれない。

とくに子どもの学業成績やスポーツでの活躍等に絡んだ自慢話は、どんなに控えめ、謙遜をよそおって話したつもりでも、その「ジマンコキタイ」という動機が見え隠れして、どうしてもいやらしくなってしまいがちだ。

そうしたイヤラシイ子どもの自慢話は、「イヌも食わぬ」どころか、何でも食べそうなネズミだって食わないんじゃないか、と思う。

それで、同級生の親御さんはもちろん、友人や知人、親族にも、子どもの自慢はしないようにと夫婦で決めていた。

     *

その反面、どんなに子どものことを自慢しても問題ない・・・どころか、むしろ思いっ切り膨らませて自慢したほうが良い相手がいる。

それはほかでもない、おじいちゃん、おばあちゃん。

妻は、子どもたちが良い成績をとってきたりすると、すぐに電話をして、「○○はスゴイよ! 天才かも!」「おじいちゃんの血を受け継いでいるからだね!」「さすが、おばあちゃんの孫! 将来楽しみ。長生きしないとね!」と、いつもいつも、最大限の自慢をしていた。

電話なのに、踊りながら、身振り手振りを交えて話すから、面白かった。

おまけに、私の母が相手だと、子どもの自慢をしたついでに、「お母さん、私の夫が天才だから、その子どもたちも天才ばかり」と、ホンキで言っている。

電話の向こうではきっと祖父母たちが大喜びしているであろうことは、ビンビン伝わってくる。

     *

ところで、いま思えば、妻は私との約束を破って、祖父母以外の人にも、結構子どもたちの自慢話をしていたような気がする。

その人は、親戚でさえなく、子どももいない。

だけど、子どもたちの良いところを、ごく自然に、何の気兼ねもなく率直に話せてしまう。

よくよく考えると、一緒に住んではいないというだけで、ほとんど家族のようなお付き合いをしていた人たちだ。

子どもたちを、わが子のように思い、褒めて、叱って、遊んで、ケンカして、悩みを聞いて、道を説き、食べさせてくれる。

妻には、そういう人が何人かいて、いつもいつも長電話したり、行ったり来たりしていた。

そして1時間も2時間も、延々と子どもたちの話をしていた。

(まあ、ほんとは、ウンザリされていたのかもしれないけれど・・・。もしそうならゴメンナサイです)


夫婦の時間/想い出 | 【2010-10-31(日) 20:01】 | Comments:(4)
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