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ラッキーパパ

Author:ラッキーパパ
向日葵のように明るかった妻が突然倒れました。5人の子どもたち(T:18、Y:16、K:13、ラッキー:犬1…全員♂・年齢は当時 2016年より猫1が参加)と共になんとか生きています。詳しくは「はじめに」で。

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母の日に 【2012-05-13(日) 22:51】
母の日。

数日前から2男が「母の日には、みんなで母さんの所に行きたい」と言っていた。

あいにく長男は用事があってダメだったけれど、部活帰りの3男を駅でひろって3人+1ワンで病院に。

病室で妻は寝ていたけれど、2男が話しかけると両目を開いた。

どこも体を触っていないから、やはり声に反応していると思えてしかたがない。

2男と2人で妻を車イスに移動。

3男はいつもの散歩コースでラッキーと待機。

それぞれ100メートル位の距離を交代で車イスを押しながら、久し振りに母子のひと時を過ごしていた。

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妻と私のそれぞれの実家に、母の日のプレゼントを贈った。

思えば、妻はそういうプレゼントを欠かしたことがなかった。

儀礼的なものというより、とにかく喜ばせたいという気持ちが強い人だった。

毎年何か贈っていたのは知っていたけれど、親不孝な私は、内容にはあまり関心をもたなかった。

さらに、妻が倒れてからは、いろんな混乱状態のなか、そういう心づかいをする余裕もなくなっていた。

ようやく今年は、子どもたちの母の日に対する思いに触発されて、ほんの心ばかりの贈り物をすることができた。

人はみんなお母さんから生まれてくる。

凄いことだと、思います。

夫婦の時間/想い出 | 【2012-05-13(日) 22:51】 | Comments:(3)
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誕生日 【2012-05-28(月) 09:48】
今日は妻の誕生日。

昨日の日曜日、1日早いけれど、2人で散歩しながらのHappy Birthday。

子どもたちの誕生日は、それなりに祝っていたけれど、私たち夫婦は、かなり適当だった。

それでも私は2男と2日違いだから、ついでにお祝いのような雰囲気はあったけれど、妻のほうはただケーキ(しかも普通のショートケーキ)を買ってきて食べるだけ、みたいな感じだった。

もう少し子どもたちが大きくなって手もオカネもかからなくなったら、2人でゆっくり旅行したり、ホームパーティしたりしようねと言いながら、いつの間にかこんな年になってしまった。

妻は今日で55歳。

倒れたのが52歳のとき。

妻にとって、53歳と54歳は、全く何もない空白の歳なんだろうか。

それとも、何かぼんやりとでも思い出が残っているのだろうか。

そして55歳から60、70に向けて、どんな思い出を作ることができるのだろう。

この間、長男と2男は高校を3男は中学を卒業し、今は次のステージでがんばっている。

私は、胆嚢摘出手術をしたけれど、それなりに元気。

毎日、仕事をしながら、ご飯を作り、3男には弁当を持たせている。

やってみれば、やれるもんだと思う。

大きな震災があって、今なお、いろんな問題が山積みのまま。

妻は、病院のベッドの上にじっと体を横たえながら、いつも何を感じ、何を思っているのだろう。

夢の中にいるのか、それとも現実と向き合っているのか。

目を覚まして欲しいという思いはあるけれど、もし、今の状態で意識がはっきりしていたら、日々はかなりつらいものになってしまうような気もする。

いろいろ複雑な思いが交錯するけれど、でも、妻の所に行けばいつも「目覚めの兆候」を探しているような気がする。

昨日も私が声をかけたらすぐに目を開いた。

体にはどこも触れていないから、明らかに声に反応している。

理解しているかどうかは別として、こちらの声はちゃんと届いていることは確実だと思う。

何はともあれ、誕生日、おめでとう。

夫婦の時間/想い出 | 【2012-05-28(月) 09:48】 | Comments:(7)
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