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ラッキーパパ

Author:ラッキーパパ
向日葵のように明るかった妻が突然倒れました。5人の子どもたち(T:18、Y:16、K:13、ラッキー:犬1…全員♂・年齢は当時 2016年より猫1が参加)と共になんとか生きています。詳しくは「はじめに」で。

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退院前日の夜に 【2010-05-30(日) 20:48】
私のほうは術後の経過も順調で、予定通り明日、退院することになった。
まだ走ったり、重いものを持ち上げたりはできないけれど、日常生活は普通にできるレベルだと思う。
食事も、ほぼ普通食になっている。

50年間の生涯で初めての入院。
12日間の間に、簡単なものも入れれば、3回の手術をしたことになる。

本当なら、胆嚢摘出術のみの5日間ぐらいの入院で済むはずだったけれど、精密検査したその夜に、また「氷の塊」の発作が出て、どうにも耐え切れず、夜中の2時、長男に車で病院に運んでもらい、緊急入院となったのだった。

4ヵ月ちょっと前、妻が運び込まれた救急病棟に、今度は私が脂汗を流しながら横たわっていた。

最初の手術は初日に行った胆嚢ドレナージ術。
これは、右横腹から肝臓を通過して胆嚢に管を通し、胆汁を排出できるようにするためのもの。
胆石で胆汁が塞き止められたことによる痛み(胆嚢炎)はなくなったけれど、管が肝臓を貫通して刺さっているわけだから、動くたびに痛かった。
また、手術後は、39度を越す熱が出て体が震えた。

肝臓で作られた胆汁がすべてそのまま対外に排出されてしまうため、脂肪分を消化することができなくなる。
それ以降、まる1週間、何も口にすることはなく、ずっと点滴による栄養摂取だった。
体重が7kg減った。

2回目の手術は、ノドから内視鏡を飲み込んでの、膵胆管拡張のための切除術(セイカクな名前は不明)。

胆嚢ドレナージ術の後、肝機能が悪化し、黄疸も少し出たことから、胆管に詰まっていた石が胆嚢ではなく膵臓に近い膵胆管のほうに転がり落ちた可能性があり、もしそうだとしたら、そのまま胆嚢を摘出してしまった場合すぐに死に至ることもあるというように脅されて行った手術。

ノドからの内視鏡は、胃カメラで苦しんだので恐怖だったけれど、麻酔を深くかけて欲しいとお願いしたおかげで、半分眠っているうちに終わった。
夢のなかで、お腹の中の何かが切られる感覚だけがあって、「イタッ!」と叫んだ記憶が残っている。

3回目は、本番の腹腔鏡胆嚢摘出術。
10数年前までは、開腹手術だったらしい。
医療技術の進歩のおかげで、術後の痛みも少なく、入院期間も短く済ますことができた。

病院で暮らした12日間。
同室の人の多くは、奥さんが付き添って、いろいろ世話をしてくれる。
カーテンで仕切られているだけだから、会話は筒抜けだ。

みんな、とっても仲が良い。
普段からこうなんだろうか。
いや、もしかしたら病気がそうさせているのかもしれない。
お互いに支え合うしかない状況だから、素直に手を差し伸べ、素直に労わりや慰めや感謝の言葉が出てくるのかもしれない。

退院の日は、みんな晴れやかな顔で、家族と共に病院を後にしていく。
私は、家に帰っても妻がいないという現実があまりに寂しく、退院もそれほど喜びとは感じられないでいる。

それでも、子どもたちやラッキーがいる。
父も母も不在のなか、がんばってくれた。
希望をもって、懐かしいわが家に帰ろう。

そして早く、妻に会いたい。
仕事も、はじめたい。

夫婦で入院 | 【2010-05-30(日) 20:48】 | Comments:(2)
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コメント
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2010-05-31 月 08:12:06 | | # [ 編集]
よくも悪くも、めったにできない経験でしたね。ブログを読んでいて、自分に置き換えていろいろ考えていました。(体重が減るのは悪くないなとかも、ハハ)いい厄払いができたかもしれませんね。再びのご活躍、楽しみにしています。
2010-05-31 月 08:36:04 | URL | TheLonecloud #- [ 編集]
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