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ラッキーパパ

Author:ラッキーパパ
向日葵のように明るかった妻が突然倒れました。5人の子どもたち(T:18、Y:16、K:13、ラッキー:犬1…全員♂・年齢は当時 2016年より猫1が参加)と共になんとか生きています。詳しくは「はじめに」で。

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1年の区切り 【2011-01-15(土) 13:16】
1年前の今日、昼過ぎ、妻は浴室掃除の最中に倒れたのだった。

あれから1年も経ったなんて、とても信じられない。

あまりにも、いろんなことがあった。

1月。
生死をかけた緊急大手術。その最中に長男はセンター試験。
突然の出来事に、パニック状態になりそうだった私を、たくさんの人が支え、助けてくれた。

子どもたちが思いのほか明るく元気で、普通に日常を生きているのに驚く。
長男曰く 「子どもは適応力が高いから」
2男曰く 「これは何かのメッセージだと思う」
3男曰く 「誰がご飯作ってくれるの?」


2月。
生命が守られたことに安堵しつつ、意識回復を今か今かと待つ日々。
安定したかと思えば、高熱が出たり、下痢をしたりの繰り返し。

妻に任せっきりだった経理の仕事が混乱状態に。
訳が分からないまま請求書等を放置しておいたため、いろいろな方面から督促状が届く。

そんな状況のなか、長男は2次試験に向けて勉強を続けた。
実家から母が家事の応援に駆けつけてくれた。


3月。
気管切開をしたことで感染症のリスクが減り、熱を出すことも少なくなった。
病状は安定したけれど、意識レベルは変らず。

それでも、指が動いたとか、涙を流したとか、ちょっとしたことに希望を見出し、体をさすり声を掛け続けた。
この頃、転院先探しに翻弄される。

会社と家計の経理作業も大変。
税金や保険料、公共料金等は、赤紙(督促状)が届いてから支払うべき内容を知るというパターンが定着。


4月。
意識を失ってから3ヶ月が経過、遷延性意識障害という診断がなされた。
医学的には、意識回復の見込みは極めて低いということ。

22日、不思議な導きで巡り合った今の病院に転院。
しっかりとリハビリをしてくれる所なので希望が見えた。

その一方で私自身が体調を崩し始める。
突然襲うみぞおち辺りの激痛。子どもたちの不安そうな顔。
以前、妻が冷えから来る症状だと言っていたので、妻がそうしてくれたように、子どもたちは私の体をドライヤーで温めてくれた。


5月。
4月までは毎日のように病院に通っていたけれど、車で1時間の所に転院したため、1週間に1~2回程度に。
母も実家に戻り、家事を手伝っていた長男も予備校に行き始めたため、私は仕事と家事と病院通いでオーバーフロー状態。

ついに20日、私自身が胆石からくる胆嚢炎で緊急入院。
奇しくも妻と同じ手術室で全身麻酔による胆嚢摘出手術をした。

10日間にわたる入院中、我が家は母も父もいない状態に。
おまけにちょっとの間も独りにできない分離不安症のラッキーもいるし。
それでも、友人たちが泊りがけで助けてくれた。
この間、妻も栄養補給のための胃ろう手術を行なった。


6月。
手術の時に剃った髪の毛が伸びて、眼を開いていると見た目はほとんど元通りの妻の顔。
もうすぐ帰ってくると思いながら過ごしてきたけれど、しばらくはこのままの状態が続くということも受け入れて、心の準備や、家のこと仕事のことの整理をしなければと、気持ちを現実のほうに切り替えた。

妻の服や化粧品等を整理した。
もちろん、回復への希望は今なお失ってはいないけれど。


7月。
妻は眼を開いているときは、じっとこちらを見つめてくれるので、どうしても話が通じているような気がしてならなかった。
何分も何十分もいろんな話をした。
出会ってから今までの、夫婦の、家族の歴史を振り返り、一緒に懐かしんだ。

会社のほうもようやく平常に戻り、子どもたちも、母親不在のなか、驚くほど普通に明るく暮らしていた。
以前から会話の多い親子だったけれど、部活のこと、勉強のこと、将来のこと、人生のこと、世界情勢のこと、そして母のことなど、より一層、話し合う時間が増えた。

友人が有志に声をかけて千羽鶴を折ってくれた。勇気づけられた。


8月。
異常な暑さが続く。
妻が大切にしていた庭の畑で、トマトやキュウリやゴーヤやナスやピーマンを収穫。
ふとしたキッカケでいろんな場面での妻の姿が目に浮かび胸が苦しくなる。
目の前に妻がいるのに、そこにはいないような感覚。
妻のことがどんどん思い出になってしまっているようで、つらかった。

ラッキーと散歩をしながら、つい独り言のように妻に話しかけている自分に気がつき、うろたえてしまう。
暑さのせいか、寂しさや哀しさのせいか、幻想が迫ってきそうな感じだった。


9月。
少しずつ涼しくなったので、病院に行く度に妻を車イスに乗せて散歩を。
一緒に歩きながらいろんな話をした。

妻が住む夢や心の世界と、子どもたちのいる現実の世界があって、私はそこを行ったり来たりしているような感覚。
精神的に不安定になりがちな私を、多くの友人が励ましてくれた。


10月。
ブログを通してコメントやメールを寄せてくれる人たちと交流するなかで、不思議と元気を取り戻すことができた。
人はみな、それぞれ哀しいことやつらいことを抱えながら、それと共に生き、乗り越えたり挫折したり、また立ち上がったり…を繰り返しながら前に進んでいるんだと思った。

その一方で、このブログを通して、私自身が全く無関係な人と間違われたりして、中傷されたことがあった。
勝手に思い込んで平気で人を傷つける人がいるかと思えば、見ず知らずの私たち家族のことを心から励ましてくれる人もいる。
人間っていろいろだねと、妻とも、子どもたちとも語り合った。


11月。
妻と一緒にラッキーを連れて毎日のように散歩をした森の木が色づき、やがて葉が散り始めた。
この秋は、いつになく寂しさがこたえたけれど、無邪気にはしゃぐラッキーが、私を癒してくれた。

妻は、首がすわったり、手や脚やお腹の筋肉に力が入るようになり、少しずつではあっても、リハビリの効果が出てきているようすだった。


12月。
クリスマスも、年越しソバも、男たちだけで祝った。
とにかくすさまじい1年だった。

子どもたちの子どもたちの子どもたちの、そのまた子どもたちへと、我が家の家族の歴史としてずっと語り継がれるであろうこの1年。
その間、こうしてブログという形で記録を残せたのは、とても良かったと思っている。


1月。
去年、妻と一緒に行った近所の神社に今年は独りで初詣。
あの時、妻は手を合わせて何を祈ったのだろう。

家族の健康? 世界平和? 願わくば自分の健康を祈って欲しかった。
不信仰者の私はダメだけれど、素直で信心深い妻の願いなら、きっと神様も聞いてくれたはずなのに。

ちょっとだけ家族の居場所は変ったけれど、それでも今年も家族6人(ラッキー含む)、生きて穏やかに新年を迎えられたことは、幸せだと思いたい。

     *

そして今日、1月15日。
長男はセンター試験の1日目。
私が作った材料を自分でキレイに弁当箱に詰めて、元気に出かけた。

2男は、土曜日授業で、のんびりと出かけた。
来年は、彼がセンター試験の本番。

3男は、相変わらずラッキーを追い掛け回して、無邪気に遊んでいる。

昼。妻が倒れた時刻が近づく。

去年のことがよみがえる。
心に迫ってくる。
押しつぶされそうになる。

長男は、センター試験の真っ最中か、あるいは弁当を食べているころだろうか。

いろんなことがあって、いろんなことを感じて、今が過去になり、どんどん思い出や歴史になっていく。

これからもまた、上がったり下がったりを繰り返しながら、たくさんの人に助けられ、家族が寄り添いながら前に進んで行くんだと思う。

     *

激動の1年間を綴ったこのブログも、今日でひと区切りとすることにしました。

もしかしたら、また何か思い立って書くことがあるかもしれませんが、月に1回とか、年に1回とか、そんな感じだと思います。

今まで訪問していただいたこと、そしてコメントを寄せていただいたこと、とても感謝しております。

ありがとうございました。


人気の記事 | 【2011-01-15(土) 13:16】 | Comments:(38)
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コメント
ずっと拝見するだけでしたが、一区切りということなので思い切って書かせて頂きます。
私の母(56)も去年7月に脳幹出血で倒れ、意識不明のまま1月で半年です。
母は向日葵が好きで、偶然にもラッキーパパさんの奥様と同じく荒井由美が好きでした。うちはラッキーパパさんとは正反対の三姉妹(私は三女)で皆働いてるので何とかやってこれてますが、やはり父の寂しそうな顔をみると心苦しくなります。
でも、母が生きているこの一瞬一瞬がとても幸せな時間なのだと、最近はひしひし思うようになりました。いつか必ず目を覚ましてくれると信じてます。ラッキーパパさんの奥様も、私の母も。
これからも応援していますので、冬の寒さに気をつけつつ頑張って下さい。では失礼しました。
2011-01-15 土 22:59:11 | URL | A #- [ 編集]
ラッキーパパさん

素敵なブログを ありがとうございましたm(__)m

ご家族皆様感じが良くて

人間力が高くて

素敵過ぎて


大好きです!!


私のブログで紹介させていただくことを 快く承諾してくださって
本当に ありがとうございましたm(__)m

まるでずいぶん前から存じ上げているような感覚になり
ひとり はしゃいでしまってすみませんでしたm(__)m

淋しくなりますが
更新されるのを楽しみにしています

皆様お体を大切になさってくださいね!!


ご縁に感謝しますm(__)m


奥様に宜しくお伝えください(^o^)/~~

2011-01-16 日 04:10:21 | URL | らな #- [ 編集]
本当に激動の1年でしたね。
息を飲む思いをしながらも、陰から見させて頂きました。
これからも家族の皆様が結束して行かれることを祈念しています。
奥さまへの優しい愛情に溢れた、素晴らしいブログでした。
2011-01-16 日 04:56:09 | URL | 八兵衛 #- [ 編集]
いつも読ませて頂いていましたが、初めてコメントを残します。
私の母も50代で脳(神経)の病気を発症し、寝たきりになり、今に至ります。

一瞬一瞬で目まぐるしく変わっていく家族の気持ちや、それでもいつの間にか流れている時間。現実と不思議な世界を行ったり来たりする感覚の中を、同じように生きている方々がいると感じられ、読むだけで救われていました。

ラッキーパパの奥さまも、私の母も苦しんでいるみなさまも、治るよう、目覚めるよう、心より祈っております。そして、ラッキーパパのご家族皆様にも温かく希望に溢れた未来がありますように。

ありがとうございました。どうぞ、これからもお体を大切に…。

2011-01-16 日 17:14:32 | URL | つき #- [ 編集]
junflowerさん、あっと言うまの一年でしたね

このブログに来て、何度も癒されました
junflowerさんのブログなのに、訪問者の人に勝手に質問したりして、ご迷惑かけました
でも、ここに来て他の人のコメントを読んで納得したり、自分の考えは違うなと思ったり、いろいろ勉強になりました
ありがとうございました

これからもずっと応援しています皆さま、お体に気をつけて

きっと、必ず、絶対、
家族が信じて待ち続ける限り、時間がかかっても、目覚める日がきっと来ると私は思って毎日過ごしています

これで終わりじゃなくて、また、書いて下さいね
2011-01-16 日 18:46:03 | URL | 笑み #- [ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011-01-16 日 20:38:05 | | # [ 編集]

ラッキーくんがとりもってくれたご縁。
素敵なママさんとブログを通じて知り合えたこと、とても嬉しく思います。

パパさんも息子くんたちも
なによりラッキーくんもママさんの今を受け入れ、
時に現実に押しつぶされそうになりながらも力強く生きていらっしゃる様子を
この一年読ませていただきました。

パパさん、思うことがあれば是非また書いて下さい。

みんなそれぞれ、苦難なことは異なりますが
私も頑張って生きていきたいなと思います。

ありがとうございました。
ママさんによろしくお伝えください。
2011-01-16 日 21:03:57 | URL | しゃんちろりん #- [ 編集]
みなさん、暖かいコメント、心から感謝です。
ブログを続けてきて、ほんとに良かったと思いました。

長男のセンター試験、自己採点では予想を遥かに越える点数だったようです。(去年よりも60点もUP)
妻がいたら、泣いて喜んだだろうと思います。

まだまだいろんな闘いが続きますが、おかげさまで希望も見えてきています。

心優しいみなさんのうえに、たくさんのラッキーなことがありますように。
2011-01-16 日 22:00:13 | URL | ラッキーパパ #DwOngqZg [ 編集]
このブログに出会ってまだ1ヶ月も経って無かったけど、一年前からの出来事、そしてラッキーのブログを読ませて頂いて家族愛を勉強させられました。
そしてコメントしている方々の優しさも同時に感じ、人の繋がりが薄れてる世の中になってきたこの頃ですが、とても暖かな優しい気持ちが伝わってきました。それもラッキーパパや奥様、お子様達の人柄に皆さん引き込まれたのかな[私も]
奥様は時間がかかるかもしれないけど、目覚めてくれる事、祈ってます。
文章力が無いので上手く表現出来ませんが…
奥様が目覚めるまでどうぞラッキーパパ、体に気を付けて下さいね。

では、また…
2011-01-16 日 23:29:03 | URL | ゆっくんママ #- [ 編集]

お久しぶりです。
ラッキーパパさんのご家族にとっての一年、とても色々な事がありましたね‥
私の家族にも同じ様な出来事がありました。
前回のコメントにも書きましたが、ラッキーパパさんのブログで今の私は助けられました。本当です。
友達や周りの方にも随分助けてはもらいましたが、心の奥のなんとも言えない寂しさは、誰も救ってはもらえませんでした。
ですが、ラッキーパパさんのブログで本当に前向きになれたのです。
私もラッキーパパさんの気持ちは痛い程わかります。分かるからこそ、簡単にコメントを残せませんでした‥
パパさんにとって、またご家族にとって良い年になりますよう祈っております。

乱文で申し訳ございません‥
2011-01-16 日 23:54:39 | URL | チョッパー #- [ 編集]

いつもブログを拝見させて頂いていました。
一年…私たち家族も母が倒れた日をむかえるとき、どうなっているでしょう…
またリハビリの様子など書いて下さい。
2011-01-17 月 00:02:27 | URL | 風 #- [ 編集]

 はじめまして
たまたまこちらのブログを見つけたのが、開始されてすぐの頃でした。。ご子息のセンター入試を沢山の方々が応援なさっているご様子に、あぁいいご家族とご友人に囲まれて、きっと大丈夫!って思っていました。今年は一年越しの桜が必ず咲きますよ。
 我が家も難病の長男と病気の後遺症による左半身不随の義父と、家族七人えっちらおっちら、笑いと時々涙で頑張っています。
沢山の希望と共感を頂き、感謝の一年でした。ありがとうございました。
 どうぞ、これからもご家族仲良くお元気にお過ごし下さいませ。
2011-01-17 月 10:06:44 | URL | るりこ #zpbGWri6 [ 編集]
いつも拝見していました。
3月くらいに一度愚痴らせていただいたことがあります。我が家も、1年2ヶ月になります。

いつも前向きな姿勢に励まされています。でも時々ブログにラッキーパパさんの寂しい気持ちが書かれていると、、ああ、、やっぱり大変な思いをされているんだ、みんな同じなんだ、と、変ですが妙に安心したりして。

我が家は、3つめの病院に転院して細々リハビリしています。意識レベルはやっぱり変わらないけれど、、でもね、人工呼吸器やっと離脱できました!

私は無宗教ですが、祈ることは遺伝子に直接働きかけるらしいです。迷いを持たず、感謝して、自分で決めた祈りの言葉を習慣として続けると、遺伝子のスイッチがONになって祈りが届くらしいです。と遺伝子学の教授がおっしゃっています。元気な姿をイメージして、私は祈っています!「笑」

家のことも奥様のこともお子様のことも、本当に大変だと思います。
お体大切にしてください。

時々更新してくださいね、楽しみにしています!!
ありがとうございました、そしてこれからも頑張りましょうね。
奥様、きっときっとお元気になられますようにお祈りいたします。

2011-01-17 月 21:34:26 | URL | dearest #- [ 編集]
本当にいつも勇気づけていただきました。感謝してもしきれません。
私は、幼なじみが3月に突然事故に遭ってそれがきっかけでこちらのブログに辿り着きました。何か少しでも情報を得たくて彷徨っていましたが、いつしか同じ気持ちや希望や勇気を頂く私にとっての大切な場所でした。
もうすぐ一年を迎えるその瞬間を私はどんな気持ちで迎えるだろうかと思っていました。
一年を振り返っておられる中にたくさん同じ思いがあります。
いつもこちらで元気を頂いてきました。
これからは、自分でも頑張らないといけませんね! お子さんやわんちゃん、そしてラッキーパパさんがこれからも奥様とご一緒に力強く生き抜かれていかれることをお祈りします。そして私も頑張ります。
また、たまにはブログ書いてくださいね!お待ちしています。
お体大切に。ありがとうございました^ー^)人(^ー^
2011-01-17 月 22:17:34 | URL | さく #- [ 編集]

私の叔母も、脳出血で倒れ早7年…今は特養に入っています。もう今は生きていてくれればいいと言っています。そこに行けは妻に会えると、叔父は言っています。従姉妹もお母さんが生きていてそこにいる温かさを確かめに行くと。目もあいていますし、わかっているのかな?と思わせてくれるシーンも多々ありましたが、もう意識は戻らないみたいです。ラッキーママさんはまだ1年。医学的に不可能な事であっても『奇跡』という言葉があるように希望を捨てず頑張って下さいね。またブログが更新されるのを待ってます。
2011-01-17 月 23:03:22 | URL | くらら #- [ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011-01-18 火 00:24:30 | | # [ 編集]
いつも拝見させていただいてます。ラッキーの方ではコメントしましたが、こちらにコメントを残すのは初めてです。私なんかがコメントをするのは…とためらいましたが、一区切りなさるとの事なので勇気を持って感謝の気持ちを伝えようと思います。
ラッキーパパさんの奥様への深い愛にブログからですが触れられて、いつも感動し心が温まってました。
そして、ご家族の結束の強さ、感心して読んでおりました。


ラッキーパパさん御一家の幸せを心からお祈りします!



2011-01-19 水 02:13:17 | URL | アイ #- [ 編集]
コメントをお寄せいただいたみなさま、本当にありがとうございます。
ひとつひとつの言葉に、強く強く勇気づけられています。

ブログを書くときは、どうしても前向きに、明るくと思いがちなので、結果的にそういう雰囲気の記事が多くなってはいますが、実際は、寂しくてたまらなかったり、暗く落ち込んだりということも、ありました。

本当に妻を深く愛していたので、その分、喪失感も半端ではないです。

でも、そんなときでも、いただいたコメントに元気をもらったり、しみじみと感謝したり、気持ちがラクになったり、そんなことがたくさんたくさん、ありました。

なにか、闘病の具体的な方法論を書けるわけでもなく、ただ、夫婦の思い出話や感じたことをだらだらと綴っているだけなので、ときどき、こんなブログに何の意味があるんだろうと思ったりもしました。

だけど、そんな内容であっても、更新を待っていてくれる人や、共感してくれる人がいると、ただそれだけで、気持ちを前向きに切り替えることができました。

「今日は、こんなコメントをもらったよ」とか、「○○さんが、こんなコメントくれたよ」と、いつも妻に話しかけていました。

今は、1年という時間の重さを受けて、ちょっとベンチに腰掛け、ひと休み状態という感じですが、そのうちまた次の未来に向けて歩き出そうと思っております。
2011-01-19 水 23:42:47 | URL | ラッキーパパ #DwOngqZg [ 編集]
ご夫婦の愛情を感じるブログですね。 延命装置がついていないのなら家族の意思で生きているんではなくて自分で生きているのですね。懸命に生きようとしているのですね。 ご主人の顔を見て笑ってもらいたいですね。もう元の生活にはなれなくてもこんなに奥さんを愛しているご主人の愛に、笑ってこたえてもらいたいですね…。
2011-01-24 月 00:44:07 | URL | ゆうか #- [ 編集]
何度ここのブログを読ませて頂き、『同じだ、大丈夫』と自分を奮い立たせてきたことか・・半年あとから追いかけていくような錯覚で気持ちを落ち着けていたように思います。
母も状態は変わりはないですが、この先も向日葵さんを追いかけて焦らず諦めず進んでいきます。

またいつか、ここでお会いできることを楽しみに。。
2011-01-25 火 13:15:06 | URL | KUKO #- [ 編集]

ラッキーパパさん、こんばんわ!
1月15日で一区切りされているんですね・・・。 いろんな思いで過ごされた目まぐるしいそして貴重な1年であったと思います。 時には立ち止まってみられるのも、それはそれで良いことだと思います。(どうされているのか分からず、少しさみしいですが。)
同じ頃からブログを始めて、なにかのきっかけでこのページを知って 涙を堪えられない思いで何度もみさせていただいてました。
より多くのわたしの周りのひとにラッキーパパさんファミリーの事を知ってもらいたくてリンクさせていただきました。リンクの許していただいて、それどころかこちらにも貼って頂き本当に嬉しかったです。 
 こんなに愛情って人を優しい、穏やかな気持ちにさせるんだと、勇気づけられました。
絶対元気で再び、また在宅に戻れる日を信じて待っています。  それまで、優秀なリハビリスタッフがおられるので安心だと思いますが、筋力維持や再び立つことができるよう足首のしなやかな関節の動きを保たれますように。
また、近況をUPしていただく日を待っております。
2011-02-04 金 23:52:10 | URL | みやこ #- [ 編集]
こんばんは。

立春も過ぎ、暖かな春もすぐそこですね。

ラッキーパパさん、ママさん…どうされておられますか?

1ヶ月に1度位…元気なメッセージが読みたいです♪

風邪などひかれませんように…。
2011-02-06 日 18:59:04 | URL | マリア #- [ 編集]
ほったらかし状態のブログをのぞいていただいた皆さん、そしてコメントをお寄せいただいた皆さん、本当にありがとうございました。

これからもときどき、更新したいと思っております。
ヒマなときに、こっそりのぞいていただければ幸いです。
2011-02-17 木 11:59:40 | URL | ラッキーパパ #- [ 編集]
さむら先生のブログを読んでいて、あなたのブログに出会いました。まだ全部は読めていませんが。
私は脳ドックの結果に驚いてあたふたしているときに先生のブログに出会って、心の落ち着きを取り戻しました。
今日コメントを書き込もうと思ったのは、私も母親で、受験生の子を思う気持ちは痛いほどわかると思うので、御長男の成功を一緒に祈らせていただこうと思ったからです。
多分そろそろ2次試験ですよね。体調を整えて、普段の実力が出せますように。心から祈っています。



2011-02-23 水 07:52:49 | URL | 三輪 京子 #- [ 編集]
さむら先生のブログ、妻の発病当初、タイヘンなときに、ずいぶん助けられました。
なんとか妻を沖縄まで連れて行けないかとも考えたほどです。
2011-02-23 水 22:43:50 | URL | ラッキーパパ #DwOngqZg [ 編集]
先日、父が脳溢血で倒れ、脳の中の溜まった血液を手術でとり、次の日気管切開をしました。今で1週間ほどたちました。医者の説明では、意識がもどる可能性はかなり低く、目が開いてもボヤ~としてる状態で、寿命も1年くらいと言われました。奥様も脳溢血かなんかですか?不安な事多くききたい事がたくさんあります。

2012-04-19 木 11:44:05 | URL | シロママ #UaLzJkIc [ 編集]
うちの妻はたいとるにもあるように脳出血でした。
倒れた当初はほんとに気が動転して不安や絶望のなかにいましたが、振り返ってみると、なんとかなるもんだとかんじています。
これからもいろいろあるとおもいますが、それと同じ数だけ、解決策もあるとおもいます。
2012-04-19 木 23:36:21 | URL | ラッキーパパ #- [ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012-06-16 土 09:27:13 | | # [ 編集]
15日に同じように妻が倒れ意識がありません。
2013-11-30 土 20:07:46 | URL | ひろたか #UO7KrgCo [ 編集]
突然のこと、心中お察しします。

必ず良い方向に行くと信じて混乱や困難に立ち向かいつつ、どうかご自身の体も大切にしてください。

妻が倒れてから1か月ぐらいは、いろんなストレスから私自身の血圧が異常値になっていたことを思い出して、少し心配になりました。
2013-12-01 日 01:40:13 | URL | ラッキーパパ #DwOngqZg [ 編集]
はじめまして おととい友人が 脳溢血で意識が不明になり 緊急入院したので Googleで調べて居たところ偶然 拝見しました
頑張っていらっしゃる方に頑張ってと言うのは違うと思うし でも、何か気持ちを伝えたくなりました つまりは ありがとうございます
2014-01-09 木 15:46:04 | URL | きつねこかあさん #8S/iUvNc [ 編集]
お友達のこと、心配ですね。
このブログ、参考になることはあまりないかも、ですけど、少しでも気休めになればと思います。

こちらこそ、見ていただくだけで、うれしくなります。
つまりは、ありがとうで、ございます。
2014-01-09 木 17:23:32 | URL | ラッキーパパ #DwOngqZg [ 編集]

コメント見させていただきました(^^)私も頑張ろうと思えました!
私の父もちょうど2ヶ月前脳出血で倒れました。連絡をもらい急いで病院にいき父の姿に涙が止まりませんでした。いつも笑顔で私にちょっかいばかりをかけてくる父が顔をゆがませながらとても苦しい顔を見せ手足は麻痺して歪んでいました。私に何か言いたそうにして目を閉じて開かなくなり嘔吐し激しく震えていました出血が多くあっとゆうまでしたいまは手術も無事に終えて意識は戻ってないですが安定しています。
私の結婚式の半月後に倒れたので早く目覚めて写真を一緒に見せてあげたいです。希望を忘れず父の回復を願います。
2014-08-30 土 11:57:19 | URL | パパ大好き #- [ 編集]
お父様、タイヘンでしたね。
でも2ヶ月。まだまだ希望はどっさりあります。
いまはたくさん語りかけて、体を動かしてあげてください。
ステキなハンドルネームですね。
2014-08-30 土 21:32:09 | URL | ラッキーパパ #DwOngqZg [ 編集]
2014年、父、66歳が脳幹出血で倒れました。今月で1年6ケ月経ちました。家は3人姉妹でした。私を含む長女次女は関東にいます。実家は関西です。みんな結婚して家族もあり、子どももまだ親を必要とする年齢で、実家との往復は色々な面でとても大変です。意識は全くありません。喉切開、胃ろうをしました。今、もう病院でもしてもらえることもなく、在宅かどこか他を探すか迫られています。三女家族の近くに母は住んでいます。この先同居するか、父名義の土地、お金、などどうしていいかわかりません。母は父が生きている限り父名義の物は触りたくないと、頑なにいいます。母は、情報も人との会話も同じ境遇の人と話したり、得ようとしません。私たちが助言しても、絶対何もしません。ただ、毎日一日も欠かさず、朝から夜まで病院にいます。この先、この状態がどれだけ続くかわかりませ。私たちは、まだ60代の母にも母の人生を少しでも楽しんでもらいたいのです。若々しかった母は、急に髪は薄くなり、すっかり老け込んでしまいました。私たち姉妹も関東から、関西まで何回も帰っています。金銭面もきついです。度々子ども置いていけません。自分の体力もしんどいです。夏休み冬休み、帰省してきてと母はいいます。子どもがいますので連れて帰りますが、子どがもを残して、ずっと病院です。あと何年続くか続かないか全くわかりません。入院している父は、意識が無いこと以外はどこも悪くなく、顔色もいいです。脳幹出血のため、眼球も動きません。瞬きもしません。声も出しません。反射以外なんの反応もありません。でも温かいです。生きているのか、生かされているのかわからなくなります。病院でも、毎日目が離せないと言い、朝から夜まで母が付いています。在宅になればもっとめ目が離せないといいます。でも最低2時間は目を離しても大丈夫なんです。看護師さんも夜は何回も見に来ません。母から病院に泊まるように言われ、何回も泊まりました。一体どうすればいいのか、わかりません。みんなが楽しく暮らすにはどうすればいいのでしょうか。
ラッキーパパさんのブログを読んで涙が出ました。母にも悲しみはあるだろうけれど、穏やかな日々、気負わない日々を過ごせる日がくるのでしょうか。息子さんたちも立派に育てられて奥様、パパ様の人柄がよくわかります。私たちも、父の血の繋がった孫を立派に育てることが、使命だと思っています。今の母には孫の顔を見る余裕もありません。いつの日か穏やかな日常が来ることを待っています。
2015-09-24 木 16:01:32 | URL | ナポレオン #- [ 編集]
今日の記事で返信させていただきました。
ありがとうございます。
2015-09-26 土 21:47:48 | URL | ラッキーパパ #DwOngqZg [ 編集]
私、渡辺文吾は、以前、過労で脳出血発症し、即死6割、一生意識不明4割の前例の中、開頭手術7か月後に、たまたま目をさまし、現在家で、インターネットをやっています。言語障害はありますが、普通に生活しております。こういった事例も存在するといったことを把握していただければ光栄です。なお、ホームページもやっておりまして、binge2.web.fc2.comになっております、脳出血と関係ない事も、たくさん記載されておりますが、あわせてご覧ください。
2016-07-07 木 07:54:37 | URL | BINGE #Ef5G3OlI [ 編集]
渡辺さん、コメント感謝です。
意識不明から復活されたんですね。
とても希望に感じました。
2016-07-09 土 18:26:17 | URL | ラッキーパパ #- [ 編集]
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