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ラッキーパパ

Author:ラッキーパパ
向日葵のように明るかった妻が突然倒れました。5人の子どもたち(T:18、Y:16、K:13、ラッキー:犬1…全員♂・年齢は当時 2016年より猫1が参加)と共になんとか生きています。詳しくは「はじめに」で。

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手を握り返してくれた! 【2010-03-03(水) 23:55】
今日も夜しか病院に行けなかった。

手の指が乾燥して、カサカサしてきたので、クリームを塗ってあげた。

指の1本1本、ていねいに、ていねいに。

爪がまた伸びてきたので、切った。

パチンパチンと、慎重に、慎重に。

関節が固まらないように、足の屈伸を、左右それぞれ10回ずつ。

背中と布団の間に手を入れて、マッサージ。痒いところに手が届くように。

1時間ぐらい、いろんな話をしながら、夫婦の時間を過ごした。

今日、妻の目は、半開き程度。昨日よりも少し光が弱い気がした。

眠かったのかもしれない。

帰り際、「じゃあ、帰るからね」と言っても、何も反応がない。

ゆっくりでいいから…と思っていても、いつも何かを期待してしまう。

今日は、なんとなく1歩後退したような気がして、家に着いたときは、少し気持ちが落ち込んでしまっていた。

私の様子をすぐに見抜いた長男は、「何も変わらないのは、とりあえず良いことだよ」と言って明るく笑った。

「そうだね」と応えつつ、やっぱり心が重い。

     *

――と、ここまで書いた頃、神奈川のKさんから電話。

「今日ね、Tさんと一緒に病院に行ったら、私の手を握り返して来たよ。」

「ええ!? ホントに? 私はさっきまで行ってたけど、あんまり反応がなくって、ちょっとガッカリしてたのに」

「ホントホント。ちゃんと握り返してくれた。スゴイねえ。大丈夫。だんだん良くなってる!」

その言葉に、私は胸がいっぱいになり、何も言葉が出なかった。

妻の反応と、KさんやTさんの心遣いに、涙が止まらなかった。

それにしても、夜に私が行ったときに反応しないのは、ちょっと寂しかったけれど…。 ま、いいか…。

何はともあれ、おかげさまで1歩前進です。 感謝! 感謝! 感謝!



<Tさんからのメール>

今朝、Kさんから電話があり、病院に行くので一緒に来ませんかとのこと。
5時を目当てにね、ということでしたので余裕で出かけたら4時半に着いてしまいました。

音楽のボリュームをあげて歌を歌いながら手足をマッサージしました。
左目は半分開いてずっと動いていましたし両方とも瞬きをしきりとしていました。
口は舌を動かして私が語りかけると反応していました。

Kさんが遅かったので2時間くらい居ました。
Kさんが代わって手をもんでいたら握り返したというのです。
それも強い力で。

私たちがあまり長く居ていろいろとおしゃべりしたので疲れてしまって
ご主人が来られたときは眠かったのではないでしょうか。

先週まではあまり反応が感じられなかったけれど、
瞬きもあるし口も動かしてくれるようになったので、
訪ねてくる甲斐がでてきたわねと、Kさんと話し合いました。

客観的にみて本当によくなっていると思いますよ。
あんなに反応するのですから。

安定期/リハビリ | 【2010-03-03(水) 23:55】 | Comments:(11)
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コメント

通りすがりの者です。

奥様の反応、本当に良かったですね!!!
春が、少しずつ近づいていますね!

折れそうな心を、一生懸命奮い立たせようと頑張っていらっしゃるみなさまに、心からのエールを送らせていただきます。
2010-03-03 水 23:08:06 | URL | とんとこ #/C2V/PvY [ 編集]
こんばんは。
先日のまなざしにはとても意思を感じました。
握り返しも意思の現れだと思います。
ゆっくりゆっくり変化が現れていますね。

話して話して、触れて触れて、奥様の5感に刺激を・・・

反応が出来ないのは対象となる人ではなく、奥様自身のタイミングですから。
2010-03-03 水 23:20:17 | URL | ままカモ #- [ 編集]

はじめまして。

奥様、手を握り返してくれて本当に良かったですね!
皆様の気持ちは間違いなく奥様に届いております!

奥様の反応、ほんの些細なことでも、見間違いや気のせいではありません。
奥様は、家族にしか気づかない、でも確実にサインを送っておられます。

心配ないよ、と労わってあげてくださいね。
そして、junflowerさんもご自愛ください。

一日も早く皆様に平安が訪れますように。
2010-03-03 水 23:40:16 | URL | おやぢパパ #- [ 編集]
良かったですね!!!
きっと、Kさんの手を握り返した時、奥様は「主人にも伝えてね!」なんてメッセージも
こめられていたのかも知れませんよ!

奥様の小さな小さなサイン。
だけどその回数が徐々に増えてきているのではないでしょうか。
足繁く来てくださるKさんだからこそ発見できた奥様のサイン。
ありがたいですね。

(三寒四温)向日葵さんもそんな感じ・・・
そしてこれからは、どんどん(温)が(寒)を征して参ります!!!
2010-03-03 水 23:40:46 | URL | And You And I #- [ 編集]

ご長男がよく使われる表現を引用すると…「Kさんがお見舞いに
来てくれていたことは本当にラッキーだし、母さんも、俺たちも
本当に幸せだね。だって母さんの意志がこうしてちゃんとみんな
に伝わって、みんなが自分のことみたいに喜んでくれてる!」と
なるでしょうか。「兆し」が感じられてよかったですね。

この闘病日記を見ておられるたくさんの人たちの祈りが、どうぞ
カミサマに、そして奥様の心に届きますように。
2010-03-04 木 00:08:55 | URL | 晴 #ncVW9ZjY [ 編集]
私の母が同じような感じで
私が大学生の時に倒れました。

何度も死線を彷徨い
何度も開頭手術をしました。
昏睡状態の母に大学を休学し
ずっと付き添い話しかけました。
沢山手をにぎったり、頬を撫でてあげたり
しました。
反応がなくても、きっとこちらの温もりは
伝わっているはずです。
当時の事を鮮明に思い出して
涙が止まらなくなってしまいました。

母は当時40代前半で、
どんな辛いことがあっても
明るく元気で太陽のような人でした。

そして家族で支え合い
10年4ヶ月の闘病生活をし
とうとう昨日退院したのです。
一番等級の重い重度障害者に
なってしまったけど、
手を握ってくれたり
笑顔を向けてくれるだけで本当に
生きていてくれていることに
ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

通りすがりだったのだけれど
思わずコメントせずには
いられませんでした。

決して諦めないで下さい。
家族が諦めない限り
きっと回復してくれると思います。
2010-03-04 木 15:42:13 | URL | 巫女いちご #- [ 編集]
> 決して諦めないで下さい。
> 家族が諦めない限り
> きっと回復してくれると思います。

あきらめなかった巫女いちごさんのように、私たちも信じ続けます。
幸せいっぱいのブログ、拝見しました。
心が和みました。
2010-03-04 木 16:49:05 | URL | junflower #- [ 編集]

>思い出してしまいました

私も全く同じで、母が脳出血で倒れ開頭血腫除去手術を受けました。
意識障害で一年間殆ど意識の無い状態でしたが、現在は回復し
障害は残ったものの在宅介護で家族の介助の下に
生活しております。障害は重複の1級と極めて重いものでしたが、
本人と家族の努力で何とか頑張って生活しています。
今では自立度も上がり見た目上では骨粗鬆症で車椅子で
生活している方と変わりません。

倒れてから1ヶ月半頃と言えば、急性期から回復期病院に転院
した頃で急性期の病院では「(意識のない)ここがゴールの可能性が高いです。」
と言われ回復期では「出血量が余りにも多いのでどんなに頑張っても
将来的にお楽しみ程度で食べれるぐらいだとお考え下さい。」と言われたのを
よく覚えています。あの時の心境を言わせていただければ、出口の
見えないトンネルを歩いているような絶望的な気持ちでした。

ただ、これが今まで受けた母への恩を返す絶好の機会だなと思い
こうなると自分が犠牲にならないと母は回復しないのかな?と思いました。

家族の会の掲示板でも書きましたが、自宅に帰る直前の病院の院長が言った言葉、
「家族が手を掛けた分だけ回復する」これが今でも胸に染みます。
2010-03-04 木 21:11:53 | URL | けい #50jynCW6 [ 編集]
> ただ、これが今まで受けた母への恩を返す絶好の機会だなと思い
> こうなると自分が犠牲にならないと母は回復しないのかな?と思いました。

私も、家族やみんなの支えが、妻の回復にとって一番大切なことだと思います。
ただ、どんなに介護が必要になったとしても、妻と共にいられることが幸せなので、それが犠牲だとは思えないんです。
妻のために、私の人生が犠牲になるということはありません。
妻のために生きることが、私の人生の目的であり、最高の喜びですから。

ただ、やはり子どもたちは別ですね。
それぞれ結婚し、新しい命を生み出し、新たな家庭を築いていくべき存在であり、それが私と妻の願いでもありますから、母の介護のために、子どもたちを犠牲にしてはいけないと思っています。
2010-03-04 木 22:05:22 | URL | junflower #- [ 編集]
こちらのサイトまで訪問いただき、
温かいコメントありがとうございました。

母親が倒れて、当時21歳だった私の気持ち
を参考になればと思い書きたいと思います。
母が倒れ手術をし、休学をして24時間
付き添いの任務を与えられたのが私でした。
父は、仕事に抜けたり
弟は、高校生で未成年だったのに
いつ何時という判断を下すのは20歳以上
の家族でなければならないということで。
初めは、ICUにいて一日3回
決められた時間でしか面会ができません
でしたが、付き添いも苦ではありませんでした。
病院で寝食をし、他の入院患者さんと一緒に
入浴しなければならなかったりと
若い私にはだんだんと辛いと感じるように
なってきました。

母は目は開けないけれど
かけられていた毛布を
曲がった右の人差し指で
ゆっくりだけど引っ掻くような
動きをしだしました。

私は「生きている証」を見つけ
た時、本当に嬉しく
看護を辛いと感じていた自分を
本当に恥ずかしく情けなく思った。

「他の人ができない経験を
お母さんが身を持って体験させてくれて
いるから、私は苦労と思わない」
と心が感じて
それ以降まったく辛いとは思わなかった。
一番本当に辛いのはお母さん。
頭を開けた手術をしたことも
今は憶えていないけど
どれだけ痛かったかしんどかったか私には
想像もつきません。

10年4ヶ月は今思えば
あっという間でした。
看護を通じて
私は人に対してうんと優しい気持ちが
持てるようになりました。
両親への感謝の気持ちを常に
持ち続けるようになりました。
自分にとっての大切なものを
守りたいと思う強さを得ました。
どんな状況でも前向きでいられるように
なりました。



奥様はまた絶対に向日葵のような
笑顔を見せてくれる日が来ます。
たくさん話しかけてあげて下さい。
たくさん触れてあげて下さい。
奥様の力を信じてあげて下さい。

(奥様は好きな曲があれば聴かせあげるのも
いいかもしれません。音楽は脳にいい影響を与えるそうなので)







2010-03-05 金 08:00:02 | URL | 巫女いちご #- [ 編集]
> 看護を通じて
> 私は人に対してうんと優しい気持ちが
> 持てるようになりました。

我が家の子どもたちも、人の哀しさや痛みや優しさや思いやりにとても敏感になっています。

> たくさん話しかけてあげて下さい。
> たくさん触れてあげて下さい。
> 奥様の力を信じてあげて下さい。

アドバイス、ありがとうございます。
2010-03-05 金 13:01:14 | URL | junflower #- [ 編集]
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